今日はギリシャのプログレッシブ・ロックバンド、アフロディテス・チャイルド(Aphrodite’s Child)の2枚組みコンセプトアルバム、『666』を紹介していきたいと思います。
そもそもギリシャのバンドって全然聞いたこともないし、イメージもできないですよね。
やっぱりギリシャってきくと神話の世界やパルテノン神殿でしょうか。
エーゲ海の青い海と白い家々が並ぶ美しい町を思い浮かべる方が多いかと思います。
実際にそんな環境が影響を与えたのかもしれません。古い歴史に思いをはせれるようなスケールのデカいサウンドと歌詞が特徴で、ギリシャ芸術を連想するような高い芸術性のアルバムだと思います。
そもそも、アフロディテス・チャイルドとはどんなバンドなのか
アフロディテス・チャイルドは、映画『ブレードランナー』(1982) や『炎のランナー』(1982) のサウンドトラックで有名なシンセサイザー奏者、ヴァンゲリス(Vangelis)がかつて在籍していたバンドです。
ヴァンゲリスの名前は聞いたことがなくても、『炎のランナー』のタイトル曲はどこかで耳にしたことがあるのではないでしょうか。
ヴァンゲリスはこの『炎のランナー』の仕事で、見事アカデミー作曲賞をとりました。
アフロディテス・チャイルドはそんなヴァンゲリスがまだ20代だったころに始めたバンドです。
メンバーは、
キーボード:ヴァンゲリス・パパタナシュー(Vangelis Papathanassiou)
ボーカル、ベース:デミス・ルソス(Demis Roussos)
ドラム:ルカス・シデラス(Loukas Sideras)
ギター:アナギロス・クルリス(Anargyros “Silver” Koulouris)
の4人。
ギリシャで結成されたバンドですが、1968年のクーデターによる軍事独裁政権の確立を機に活動の場を国外に移動し、フランスのを拠点にヨーロッパで、ヒットを飛ばします。
一度は解散するのですが、レコード会社との契約が残っていました。
そこで再結成して作成したのが今回ご紹介する『666』です。
バンド名の由来となったアフロディーテは、愛と美と性を司るギリシア神話の女神。
オリュンポス十二神の一人です。また、戦の女神としても有名です。
日本ではアフロディテス・チャイルドはプログレッシブ・ロックの枠組みで語られることが多く、僕もプログレアルバム・ガイドで本作を知りました。
アルバム『666』
『666』は1971年に発表された彼らの三枚目のアルバムです。
全24曲、2枚組みの大ボリューム。新約聖書の『ヨハネの黙示録』を題材にしています。
全作曲とアレンジ、プロデュースをヴァンゲリスが担当しています。
前述した通り、契約のために再結成して作られたアルバムですので、結果的にこれが彼らのラストアルバムになりました。
全作詞はギリシャの映画監督コスタス・フェリス。
黒澤明の『羅生門』やオーソン・ウェルズの『市民ケーン』といった映画で使われている「時系列にとらわれない物語の語り口」、ノンライナー・ナラティブ。
そしてビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』やザ・フーの『トミー』といった同時代のコンセプト・アルバム。
それぞれの影響を受けて今作の作詞が行われたとコスタスは語っています。
ギリシャのバンドですが歌詞は全部英語です。
といってもギリシャ人の書いた英詩なのでシンプルでわりとわかりやすいです。
余力がある人は、原詩をあたって訳しながら聴いてみるのも楽しいかと。
キーボーディストがメインで作られた作品なのでさぞかしキーボード主体の作品かと思われるかも知れません。
ですが、意外とガッツリとしたバンドサウンドで、荒々しいロックっぽい曲も多々入っています。
ドラム、ベース、ギター、それぞれきちんと際立つ部分があって、バンドとしてしっかりしています。
それぞれのパートに歌心があるんですよね。
曲のコンセプトを再現するためにそれぞれのパートが必要な表現をキチンと行っている感があります。
しかしながら、その裏にはメンバー間の対立がありました。
コンセプトにのっとって芸術的な作品をつくりたかったヴァンゲリスと作詞のコスタス。いままでヒットを飛ばしてきたサイケディック・ポップ路線を継続したがったほかのメンバー。
アルバムの方向性をめぐった意見の相違があったのです。
収録の雰囲気は友好的ではなく、録音が終わるとメンバー同士は会話したがらなかったようです。
ですがコンセプトにのっとって芸術的な作品を作り上げた結果、出来上がった作品はすばらしいものになりました。
オススメ曲紹介
「バビロン」Babylon
エレアコっぽいギターのイントロで始まるアップテンポのロックナンバー。
ベースの音がぐいぐいと引っ張っていって格好いいです。
途中で入るどこかビートルズっぽいホーンセクションもいいですね。
歓声が入っていってコンサート音源みたいになっています。
「ラウド、ラウド、ラウド 」Loud, Loud, Loud
直前に入っている「バビロン」と違って、ピアノの伴奏とナレーションだけのシンプルな曲。
世の中に大きな変化がもたらされ、そのときに我々は歓喜の声をあげたり叫んだりする、高らかに。
というような内容が繰り替えされる構成。
その「高らかに」の部分がLoud, Loud, Loudで、そこだけナレーションじゃなくてコーラス隊が歌うメロディなんですね。
我々が生きている時間軸よりももっと大きなスケールの話がかたられているんですけど、歌詞の内容がわからなくてもそういう広がりが感じられる、そういう曲です。
これを聴くと人類の長い歴史や遠い昔に想いを馳せてしまいますね。
「エーゲ海」Aegean Sea
本作のハイライトのひとつ。
日本では昔、NHKのラジオ番組「若いこだま」で渋谷陽一氏がオンエアしていたことで、有名になった曲。
ドラムのシンバルの音やコーラスなどで寄せては返す波の様な音が表現されています。
基本的にインストでそれにナレーションが入る形です。
実際にエーゲ海をながら聴いてみたいですね。
神秘的でとても美しい曲です。
「バトル・オブ・ロカスト/ドゥ・イット」The Battle of the Locusts/Do It
もともと2曲ですが、つながっているのでまとめて紹介します。
キーボートの出番のない、ギター、ベース、ドラムのみのシンプルな3ピース体制のロック曲。
全作曲はヴァンゲリスとなっていますが、本当にこの曲もヴァンゲリスが作ったのでしょうか?
昔ながらのロックという感じで実に気持ちいい曲です。
「∞ 」infinity
「エーゲ海」と並んで本作のクライマックス曲です。
タイトル通り「無限」の世界を曲で表現しています。
イレーネ・パパスというギリシャの女優(『ナバロンの要塞』の出演で有名)が、I was, I am, I am to comeというフレーズをずっと詠唱していきます。どんどん詠唱はエスカレートしていきます。
I was, I am, I am to comeは簡単な英語ですが、なんと訳しましょう。
過去、現在、未来、それぞれの「私」があって、それが同時に存在していて、何度も繰り返される、ということでしょうか。
この曲に余計な言葉はいらないですね。
まず聴いて欲しいです。
静かな部屋でできるだけ大きな音で一人で。
これは音楽鑑賞を通り越したひとつの「体験」です。
こういう曲?をもっと聴いてみたいという人は、灰野敬二の「おれのありか」という曲を聴いてみてください。
ぶっとびます。
「ブレイク」Break
アルバムの最後に入っている3分弱の小品。
この曲の前に「オール・ザ・シーツ・ウェアー・オキュパイド」という19分近い大作曲があるので、最後にこれで一息ついてね的な感じになります。
なんというか、普通にいい曲です。
合間にはいるヴァンゲリスのスキャットがいい味だしてるんですよ。
内容的にはバンドの解散について歌っているような感じがします。
「さよなら、友よ」とか「君はやりとげる」とか。
このアルバムの製作について、ポップ路線を継続したがったメンバー目線でうたわれているような感じです。
けれど作詞は対立した相手側であるアート路線を推し進めた映画監督のコスタス・フェリスなんですよね。
最後にひとこと「Do it」っていっているのですが、曲のタイトルがBreakなので「ぶっこわせ」ということでしょうか。
それとも次は君がやる番だといいうメッセージでしょうか。
解釈は様々です。
まとめ
たまにはアメリカ、イギリス以外の洋楽を聴いてみるのも世界が広がっていいのではないでしょうか。
あらたな世界への扉を開いてくれる一作だと僕は信じています。
今までとおんなじヒットを狙ったポップ路線で曲を作っていたら、このように後世までリスナーの記憶に残るようなアルバム、バンドにならなかったでしょう。
そういった意味でやりたい事をやりぬくことの大事さを教えてくれるアルバムでもあります。