今回はMr.Childrenの1994年発表の4枚目のアルバム『Atomic Heart』を取り上げたいと思います。
ミスチルのシングルヒットでのブレイク後に発表され、ミスチルをモンスターバンドに押し上げた非常に重要な一枚ですね。
「innocent world」や「CROSS ROAD」といった全キャリアを通しても代表曲と言えるような楽曲を含んでいるアルバムですし、「over」や「雨のち晴れ」といったようなファンに人気の曲も含まれています。
そしてベストアルバム『Mr.Children 1992-1995』にはなんと5曲も本作からの曲が入っています。
これだけでもいかに彼らのキャリアの中で本作が重要作かわかっていただけたかと思います。
最高傑作とするファンも多いです。
早速中身を見てみましょう。
1.Printing
そのタイトル通り、プリント音を中心としたSEで構成されるインストナンバー。
次曲の「Dance Dance Dance」への導入的な役割を担ってます。
これ以降ミスチルのアルバムではこういう短めのインストから始まるパターンが何回か出てくるようになります。
2. Dance Dance Dance
作曲:桜井和寿・小林武史共作のアルバムの実質的な一曲目。
享楽的、退廃的なムードのある楽曲はいままでミスチルには無かったのですが今作から常連になっていきます。
前作でちらほら見え始めていたダーティーな側面やドロドロとしたネガティブな感情がより前面に出てくるようになりました。
あまりに低い天井を見上げれば 救いようもなく また寝転がる
そして社会風刺的な側面も濃くなりました。
テレビに映るポーカーフェイス正義をまとって売名行為裏のコネクション 闇のルート揉み消された真相
「Dance Dance Dance」はそんな新規要素が詰まった名曲で、アルバムの実質的な1曲目としてふさわしい内容だと思います。
実は前作『versus』の1曲目で「another mind」で社会風刺的なテイストがありましたけど、本作からはより具体的でどきつくなりましたね。
音楽的な話にいきましょう。
ナ機械的に激しく歪んだギターリフで幕をあけますね。
そしてワンコードのループでメロは続いていきます。
Bメロではエフェクトのかかった歪んだボーカル。
そしてここもワンコードのループですね。
リズムの反復とシンプルなワンコードだけで聴かせる正にダンスミュージックといった感じのアレンジになってます。
サビではグッとメロディアスになってコードもどんどん普通に変化します。
歌詞の内容もそうですけど、この展開には凄く開放感がありますよね。
最後のサビで転調して更に盛り上げにかかってます。
3. ラヴ コネクション
「Dance Dance Dance」と同じく桜井和寿・小林武史共作曲。
頭打ちのドラム曲で特集しましたが、ローリング・ストーンズのパロディ的なダーティーなロックチューン。
プロモーションビデオでもメンバーのたたずまいは完全にロックバンド然としてますね。
歌詞の内容も前曲に引き続きロックスターの乱痴気騒ぎ的な内容で、昔の「ピュアな」路線が好きだったファンからすると結構ショックかもしれないですね。
4. innocent world
ミスチルのブレイクを決定づけた5枚目のシングル曲。
200万枚近いセールスで、1994年に一番売れた曲です。
その年を代表する一曲といっても過言ではないと思います。
アコースティックギターのサウンドに覆われた非常に爽やかなアレンジで、前曲「ラヴ コネクション」のロックでダーティーな音像とのコントラストが鮮やかですね。
前作『versus』で閉鎖的で暗い雰囲気、ダークなテイストの曲と開放的でポップな曲をアルバム上で交互に配置していたりしましたが、その方法を踏襲しつつ、更に曲のムードのバリエーションが広がったのが本作かと。
「innocent world」は今までミスチルでもありそうな音像です。
しかし歌われているテーマは今までよりも大きく、時間軸もよりながいスパンになってます。
例えば1番の歌詞で既に昔に別れた恋人に対する慕情が歌われているんですね。
黄昏の街を背に 抱き合えたあの頃が胸をかすめる
軽はずみな言葉が 時に人を傷つけた そして君は居ないよ
今までは別れた直後のショックや失意をうたう曲は多かったですが、このような回想は無かったはずです。
そして二番。
近頃じゃ夕食の 話題でさえ仕事に汚染(よご)されていて
様々な角度から 物事を見ていたら自分を見失ってた
ここでは主人公は既に家庭を持ってるんですね。
こういう生活感みたいなものも、家庭的なものもいままではありませんでした。
ミスチルは歌の持つ比重が重いのでどうしてもバンドとしては軽く見られがちですが、イントロではしっかり田原さんのギターフレーズが効いてますし、間奏部分では中川さんのベースのソロが堪能できます。
5. クラスメイト
再会した昔のクラスメイトとの不倫関係について歌った曲。
シチュエーションからすると相手は人妻で主人公は独身でしょうね。
逢いたくても自由に逢えないもどかしさや切なさが主題になってます。
しかしこれまでのミスチルには無い人間関係ですよね。
本作から人々の関係性や描かれるシチュエーションも多様化していきます。
今までは片思いや、別れる寸前のカップルや、別れなどが描かれてましたけど、結婚が絡んでくるような人間関係も無かったですね。
今まではなんとなくファンタジックで童話的なところがあったんですが、本作からは生活感を感じさせるような日常に根ざした歌詞もでてきます。
性的な事柄もぼかさずに描くようになりました。
さて音楽的なはなしですが、ロック調では無くホーンセクションをゆったりとフィーチャーした大人なアレンジのせいもあるのでしょうが、不倫の歌ですがドロドロしてない爽やかさのある曲です。
エレキシタールっぽい音も間奏部分でフックになっていて、ここら辺のアレンジは小林武史さんの腕なのかなと。
夕暮れや朝焼けがよく似合いそうなたそがれた音像ですね。
6. CROSS ROAD
4thシングル。
ミスチルの快進撃、大ブレイクの始まりとなった重要なシングルです。
要約してしまえば別れをテーマにした曲。
「CROSS ROAD」というのは十字路、交差道路のことです。
人の人生が道だとすると、それが一瞬交わった場所が「CROSS ROAD」ということになります。
ずっと一緒の道を歩いていけるとおもっていたけれども、それは道が一瞬交差していただけで、結局それぞれの道をいくことになってしまったということを「CROSS ROAD」というタイトルで表しているんですね。
最初の方に「ticket to ride」という曲名が歌詞に出てきますが、これはビートルズの曲。
で、どういう内容かというと恋人が片道切符を買って街をでて、自分から離れていってしまうという曲なんですね。
別れの要素というのはすでにここで匂わされているんです。
では何で別れることになっちゃったんでしょうね。
実は2番の歌詞の中に答えはあります。
誘惑に彩られた 一度だけの誤ちを今も君は許せぬまま 暮らす毎日
どうやら主人公の浮気が一因っぽいですね。
「一度だけ」とか言っちゃってるところもあんまり反省を感じないというか(笑)。
まあ自業自得感もありますよね…。
無理やりいい話にまとめようとしている感がなくもないという…。
しかし改めて聴いてみると結構風変わりだし、物凄く歌いにくいですね。
この頃からミスチルの歌の難易度が尋常じゃなく上がっていきます。
Aメロは結構音程低めなのに、サビはずっと高音域ですからね。
この直後のシングルの「innocent world」はメロディーはもっと素直ですが、メロディーの高低差の激しさは健在ですね。
7. ジェラシー
作曲:桜井和寿・小林武史の共作曲。
六分を超える長尺ナンバーで、打ち込みが主体となった曲。
意外とミスチルは打ち込みの曲がちらほらあるんですよね。
濃密な愛というか、これまでのミスチルではぼかされていた話題ですけど、この曲でははっきりと性愛がテーマになってます。
そういったテーマを宇宙や遺伝子といった科学的、広大なイメージ、宿命、理(ことわり)といったイメージに結びつけた曲。
ある意味タイトルの「Atomic Heart」に1番近しい曲かもしれないですね。
8. Asia (エイジア)
作曲:鈴木英哉、作詞:桜井和寿の変則的な体制で作られた曲。
作曲者がいつもと違うのでメロディーラインがいつものミスチルぽくないのが新鮮な印象を与える一曲。
これ以降このコンビでの作詞作曲がないんですけど、本当にもったいないなと思いますね。
次のアルバム『深海』から完全に桜井さんが一人で作詞作曲を担うスタイルが確立するんですけど、共作のスタイルも並行して推し進めて行ったらどんなミスチルになったんだろうと想像すると楽しいです。
アルバム『Q』ではメンバー全員が作曲者としてクレジットされた曲が有りますけど、それ以外では共作の動きはみられないです。
この曲でもボーカルのハモりだけでは無い重ね録りが独特の響きを持ってますね。
日本の中で暮らす自分ではなく、アジアというもっと大きな枠組みの中で自分の存在を捉え直すのがテーマだとおもいます。
夜の中に瞬く大都市の明かりを上から俯瞰で捉えた映像とかが似合いそうです。
9. Rain
タイトル通り雨の降る効果音だけの曲。
次の「雨のち晴れ」の導入的役割なので繋げちゃっても問題ないとおもうんですけど、そうすると6分ぐらいの長さになっちゃうので、聴きやすさ重視でばらけさせたんでしょう。
10. 雨のち晴れ
作曲:桜井和寿・小林武史の共作曲。
うだつのあがらないサラリーマンの日常を切り取った一曲。
ベスト盤にも収録された名曲です。
ドキュメンタリー映画『【es】 Mr.Children in FILM』では、メンバーがサラリーマンの格好をして、机に向かっている中で桜井さんが歌うというステージングが印象的でした。
ファンキーなギターのカッティングとリズミカルなキーボード、動きの多めなベースラインとリズム重視で曲が進んでいきますね。
ドラムは打ち込みサウンドでダンスミュージックの影響が垣間見れますね。
シングル「【es】 〜Theme of es〜」のカップリングのこの曲のリミックスではハウス・オブ・ペインの「ジャンプ・アラウンド」をサンプリングしていたりもします。
そういう所もちゃっかり取り入れたりしてるんですね。
ループとフレーズの繰り返しでリズムで聴かせる、Aメロ、Bメロ。
開放感とコードの変化とメロディを爆発させるサビ。
呼応するかのようにAメロ、Bメロでうだつの上がらないネガティブな日常を描き、サビでは希望を歌う。
構造としては「Dance Dance Dance」と一緒ですね。
Aメロで結構呑気にボヤいているところBメロで割とシリアスに落としていくところなんかもサビの開放感に繋がっててうまいなぁとおもいます。
11. Round About 〜孤独の肖像〜
都市生活の中で自分の存在意義が見出せずに夜を徘徊する若者を描いた曲。
前作からの歌詞の大きな変化は舞台が都会的になっているってところですね。
『Versus』までのミスチルの歌詞に車移動が多かったのに対し、今作では「クラスメイト」でのタクシー移動ぐらい。
描かれる人間関係も、友達や恋人と言った固定的な関係だけでなく、行きずりで流動的な関係性も描かれ始めます。
ここら辺も都会的ですね。
今まである程度歌の主人公がいて、そこからの視点が描かれている曲がおもでした。
しかしこの曲では、固定的な主人公の存在しない群像劇というか都会に屯する人物一人一人を描写していくような群像劇風になっています。
12. Over
ファンに人気の高い、別れを歌ったラブソング。
「あばたもえくぼ」的に相手の、欠点ともとられがちなチャームポイントを並べていく歌詞も面白いです。
欠点も含めて好きだという意思表示みたいなものはこの後発表されるシングル曲、「シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜」にもありますね。
別れた相手に対する想いをとにかく吐露していく歌詞は実にエモーショナルで、メロディの美しさと相まって名曲になっていますね。
この曲でも本作でちょいちょい出てきたボーカルの主旋律の重ねどりの響きが心地よいですね。
ピアノやシンセがサウンドの中心になっていて、こういう曲が目立つからバンドとしてのミスチルは軽視されがちなのかなという気もします。
曲の終わり方が変わっていて、最後Aメロにもどって終わるんですね。
主人公が回想に入って始まり、語り終わって終わるドラマ感がありますね。
上手くオチがついてる感じがしてアルバムの最後に相応しいとおもいます。
失恋ソングで締めくくるのも前作『versus』と共通していますね。
「My life」もそうですが最後は明日に向かって進もうというメッセージで終わってます。
まとめ
変化が結構あったアルバムでしたけど、前作からひきついだものもあって、それが曲調や曲のトーンのバラエティーの豊かさですね。
それが更に押し進められた1枚だと思います。
その反動なのか、次作の『深海』では共通するダークなトーンに支配されたヒリヒリとしたアルバムになってます。
歌詞の面でも本作は更に深いところまで掘り下げた作品になってます。
いづれにせよ、大ヒットのきっかけでもあり、その実力を十二分に見せつけたアルバムであり、超重要作であることには間違いないですね。
ファンにもかなり人気の高いアルバムではないでしょうか。