2006年に※①『Stop the clocks』というオアシスのベストアルバムがでました。
オアシスのブレーンであるノエル・ギャラガーの監修で選曲されたベストなんだけど、なんと3rdアルバム『ビィ・ヒア・ナウ』(Be Here Now)の曲がはいってないんすよね。
ノエルが『ビィ・ヒア・ナウ』が嫌いという話を聞いたことはあったけど、それが本当なんだなと、わかった瞬間でした。
『ビィ・ヒア・ナウ』は1997年に発表されました。
世紀の名盤と呼ばれた大傑作のセカンドアルバム、『モーニング・グローリー』(What’s the Story) Morning Glory?(1995年) に続く作品だったから、めちゃくちゃ期待されていたんですね。
実際イギリスでは発売日前日の夜からお店前に行列ができるほどの人気だったみたいです。
ということで『ビィ・ヒア・ナウ』、ヒットしたんですけど、前作ほどの評判は得られず、世間からもノエルからもダメアルバム認定されてます。
ただ僕は初めて聴いたオアシスのアルバムがこの『ビィ・ヒア・ナウ』だったこともあってか、この評価には納得できないんですよ。
確かに前作より完成度は落ちるけど、いい曲も入っているし、ベストに一曲も収録しないのは流石におかしいだろうと。
という事で、オアシス『ビィ・ヒア・ナウ』が、どうしてこれほどまでに駄作扱いを受けなくてはならなかったのか、単に曲がよくない、というとこでは片付けずに細かく論じていきたいと思います。
※①その後『タイム・フライズ…』というベスト盤が発表されて、無事本作からの楽曲も収録されるようになりました。
- 1. ドゥ・ユー・ノウ・ワット・アイ・ミーン? “D’You Know What I Mean?”
- 2. マイ・ビッグ・マウス “My Big Mouth”
- 3. マジック・パイ “Magic Pie”
- 4. スタンド・バイ・ミー “Stand By Me”
- 5. アイ・ホープ、アイ・シンク、アイ・ノウ ”I Hope, I Think, I Know”
- 6. ザ・ガール・イン・ザ・ダーティ・シャツ ”The Girl in the Dirty Shirt”
- 7. フェイド・イン-アウト “Fade In-Out”
- 8. ドント・ゴー・アウェイ “Don’t Go Away”
- 9. ビィ・ヒア・ナウ “Be Here Now”
- 10. オール・アラウンド・ザ・ワールド “All Around the World”
- 11. イッツ・ゲッティン・ベター(マン!!) “It’s Gettin’ Better (Man!!)”
- 12. オール・アラウンド・ザ・ワールド(リプライズ)”All Around the World (Reprise)”
- まとめ
1. ドゥ・ユー・ノウ・ワット・アイ・ミーン? “D’You Know What I Mean?”
オアシスはあまり新しい事をやりたがらない、もし新しい試みがあったとしてもそれは4枚目の『スタンディング・オン・ザ・ショルダー・オブ・ジャイアンツ』(Standing on the Shoulder of Giants)から、みたいな捉えられ方がありますけど、実はこの曲でサンプリングを導入したりしてて、本作でもちょくちょく新しいことをやってたりするんですね。
この曲ではN.W.A.の「Straight Outta Compton」のドラムループをサンプリングしています。
またギターやボーカルの逆回転やイントロでジミヘンっぽいワウギターをとりいれたりしてサイケデリックな演出も行ってます。
ドラムループにサイケな雰囲気、少ないコードなど、もしかしたらオアシス流でビートルズの「Tomorrow Never Knows」みたいなものを志向していたのかもしれないですね。
ゆったりとした曲調でN.W.A的なヒップホップのグルーヴの快楽も、ビートルズのようなトリップ感もないんですけど、その分オアシスらしい太々しさは十二分にあってギリギリ退屈な曲にはなっていないと思います。
彼ら以外がやってもこの感じはでないという気もします。
そういう意味では実にオアシスらしいオープニングナンバー。
Fool on the hillとI feel fine となど、ビートルズの曲のタイトルを歌詞で引用していて、相変わらずビートルズ好きもアピールされてます。
2. マイ・ビッグ・マウス “My Big Mouth”
悪くない曲だと思うんですよ。
けれど、今までのオアシスの楽曲に比べるといまいちすっきりしない曲。
何故なんでしょうかね。
今までのオアシスと比較して考えてみましょう。
まず前作に比べるとリアムのボーカルの音ヌケが悪いです。
前作のレビューでリアムの声質こそオアシスの最大の武器の一つで、それこそがオアシスを非凡なバンドにしているというような事を書いたんですけど、前作から比べるとリアムの声質が少し変わった気がします。
ツアーや酒、タバコによる喉の酷使のせいか、それともミックスのせいなのか声質がざらついていて通りがよくないです。
そしてギターサウンドも変わりました。
全体的により分厚く激しい歪みになっています。
前作でもベースの音がほとんど聞こえないんですけど笑、今作はもっとひどいぐらいギターが全面に出ています。
殆どシューゲイザーみたいに聞こえますね(笑)。
ギターのせいでボーカルもドラムも埋もれてしまってるんですよね。
前作での影のキーマンはドラムのアラン・ホワイトだと思いますが、もともと得意とするテンポよりも少し速めのということも一因かとおもいますが、キレがなくもたり気味で、精彩を欠いている気がします。
と、色々書きましたがやはり一番でかい要因はリアムの声の変化じゃないですかね。
前作収録で、似たようなテンポでギターもかなり激し目の「モーニング・グローリー」と比べてみると違いにびっくりするかと思います。
3. マジック・パイ “Magic Pie”
ノエルがボーカルをとるナンバー。
ノエルが歌ってるからかもしれないですけど実にノエルっぽいなというか、彼が歌って気持ちいいナンバーなんだろうなという感じがします。
メロディーも手癖で作ってるようなところがありますし。
前作では「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」というオアシスを代表する名曲のメインボーカルを担当してました。つまり、ここぞというときに特別にメインボーカルとして登場するという捉え方を受け手もしてたと思うんです。
この曲7分あるんですね。無駄に長い…。
「シャンペン・スーパーノヴァ」並です。
前作のレビューではオアシスの楽曲の尺はノエルのボーカルの伸びやかな歌声の心地よさに浸る為にはそれなりの長さを必要とすると書きました。
しかしオアシスの中では比較的凡庸な曲で、しかもノエルボーカルとなると、残念ながら7分は長すぎるんですよね。
終盤意外、展開に特に面白みのないですし…。
「シャンペン・スーパーノヴァ」みたいに浮遊感があって永遠に聴いていたいような心地よさがある音作り、楽曲、というわけでもない。
それこそ彼らの敬愛するビートルズの様に2、3分に納めた方が良かったと思います。
残念ながら本作の評価を低くする一因になってしまっている曲だと思います。
とはいえアラン・ホワイトのドラムは本作では珍しく彼らしいフレージングでのびのび叩いてますね。
けれどこころなしかこの曲でも前作よりもキレがない気がします。
全体的に彼が不調なのも本作の惜しい所です。
4. スタンド・バイ・ミー “Stand By Me”
本作の中でもベストと言ってもいいし、オアシス代表曲と言っても差し支えの無い名曲。
冒頭で『ストップ・ザ・クロックス』に本作からの曲がまったく入っていないという話をしましたが、流石にこの曲をベストに入れないのは暴挙なんじゃないでしょうか。
なんといってもこの曲、リアムの声がちゃんとすっきりと聞こえるんですよ!
それだけでいい曲に聞こえます。
ギターの歪みも気持ち良いです。
6分弱あるんですけど心地よいんで、長さを感じないですね。
リアムの声も前作だったらもっと透き通っていたなぁと思わない事も無いですけど…。
5. アイ・ホープ、アイ・シンク、アイ・ノウ ”I Hope, I Think, I Know”
アップテンポの佳曲。
前作に通じるオアシスらしい勢いと本作のアートワークのようなカラッとした明るさがある曲で、あまり語られることはないですけど好きな一曲ですね。
願わくばもっとドラムやボーカルが聴きやすいミックスにしてほしいかったなと…。
本作ミキシングをやり直すだけで大分化けるとおもうんですけどどうでしょうか。
6. ザ・ガール・イン・ザ・ダーティ・シャツ ”The Girl in the Dirty Shirt”
マイナーコードとセブンスコードでちょっとブルージーな仕上がりのイントロになってます。
ところが過度にブルース的に聞こえずにポップに聞こえるのが実にパンク以降のバンドらしいですね。
リズムは「ワンダーウォール」のリフのリズムの流用なんで、このリズムがすきなんでしょうか。
ドラムパターンも似てます。
ただちょっと単調な感じもして、アラン・ホワイトの兄貴のスティーブ・ホワイト(スタイル・カウンシルやポール・ウェラーのドラマー)だったらもうちょっと上手く調理していたのかもなとも思います。
彼らがあこがれていたビートルズはセブンスのコード使うの上手くてですね、ビートルズはR&Bやソウルミュージックのエッセンスを取り入れるのも上手だったからポップな中にもクールなコードとリズムで魅せるのが上手かったんですね。
ところがオアシスはビートルズに比べてそういったブラックミュージックの素養が大分希薄ですからリズム的にはやっぱりもの足りないところはあります。
そうした弱点も次作以降克服していこうという動きはあったのですが…。
サビではスライドギターが聴けますが、ならではの特性をじっくり聴かせるというよりは割とギミック的なフレージング。
後半エレピなどが入ってきてにぎやかになっていくんですけど、この曲もすこし冗長な気がします。
エンディングの展開をもうちょっと早めに持って行って短くまとめたほうが良かったなと。
歌詞は同年6月に結婚したメグ・マシューズとのエピソードから作られたようです。
割と本作はパーソナルなテーマが多いというか身近なエピソードを題材に作られた曲がおおいですね。
そのこともあって前作よりも歌詞がわかりやすくなってるんですけど、1st、2ndの「なんだかわかんないけどこりゃすげぇ」みたいなロック的な壮大さ、スケール感が薄い曲が多く、それも本作を不満におもった人が多かった理由かもしれません。
7. フェイド・イン-アウト “Fade In-Out”
パーカッションやスライドギターなどをフィーチャーして、ビートルズがやっていたインドっぽい曲的な要素を取り入れた曲。
この曲も7分弱あります。長い(笑)。
ビートルズにあこがれたオアシスですけど、ビートルズとオアシスの最大の違いって曲の尺じゃないでしょうか。
ビートルズの曲ってわりと短くて殆どが3分以内で終わるんですよ。
そしてその尺のなかにこれでもかとアイデアや珠玉のメロディーが詰め込まれるから飽きないんですよね。
ジョニー・デップがスライドギターで参加しているそうです。
割とどうでもいい情報ですが。
8. ドント・ゴー・アウェイ “Don’t Go Away”
名バラード。これもベストに入らないのはやっぱりおかしいぐらいの名曲。
ギャラガー兄弟の母親ペギーが入院したとき感じたことから作られたらしいですけど、普遍的なラブソングに昇華されています。
色々と問題起こしがちなギャラガー兄弟なだけに母親にはめっちゃ心配かけてそうですが、「もうちょっとちゃんとすっからそれまで元気でいてくれよな」的なことを感じたんでしょうね。
そのとき感じたことを、不器用な主人公がなんとか状況を立て直そうとしていて、恋人や家族、友人などの大事な人に行かないで、そばに居てくれって、っていう設定に生かしてるんですね。
リアムの声もきちんと聞こえてますし文句なしです。
9. ビィ・ヒア・ナウ “Be Here Now”
表題曲。これもノエルの手癖で作られたような「あ、オアシスぽい」というナンバー。
最後に水のSEが入っていて、やはりオアシスSE好きなんですね。
この曲も5分ぐらいありますね。それだけの長さをやるには単調すぎるかなと思っちゃいますね。
いっそこれをカットして「ドント・ゴー・アウェイ」と「オール・アラウンド・ザ・ワールド」の名曲ラッシュで畳みかけたほうがよかったんじゃないかと。
10. オール・アラウンド・ザ・ワールド “All Around the World”
3rdシングル。
デビュー前から存在していた曲らしいですけど、パンク的な勢い重視の1st、ロックバンドとしての不良性と凄みを見せつけた2ndに収録するよりも、割と牧歌的で落ち着いた雰囲気のある今作に収めるのは確かに正解だった気がします。
オアシスの(というかノエル・ギャラガーの)ビートルズ好きは有名ですが、彼らの楽曲のなかで最もビートルズの影響が色濃いナンバーの一つ。
「ヘイ・ジュード」を連想させる曲構成に「オール・ユー・ニード・イズ・ラブ」的な壮大なテーマ、広がり、ピースフルな雰囲気を持つナンバーです。
11. イッツ・ゲッティン・ベター(マン!!) “It’s Gettin’ Better (Man!!)”
これも7分強のナンバー。
とっても長い…です。
ノエルの手癖的なソングライティングが出ているオアシスっぽいナンバー。
歌のリズムがセカンドの「ヘイ・ナウ!」に似ています。
ただ、同曲に比べると魅力は残念ながらグッと落ちますね…。
12. オール・アラウンド・ザ・ワールド(リプライズ)”All Around the World (Reprise)”
オール・アラウンド・ザ・ワールドのギターのミックスを下げて、ドラムとホーンセクションにフォーカスしてまとめたインストナンバー。
皮肉なことにこのバージョンのアラン・ホワイトのドラミングが一番イキイキしてます(笑)。
ホーンの入り方とかモロにビートルズですね。
前作『モーニング・グローリー』ではアルバムの構成が意外と考えられていて、無題のインストも効果的な配置だったと思いますが、本作ではこのリプライズの必要性はちょっと疑問だったりします…。
まとめ
さて、一曲一曲見てきました。オアシス『BE HERE NOW』はなぜ駄作扱いをされなければならなかったのか、理由を複数挙げていきましたが、まとめてみましょう。
- リアムの声の抜けが全体的に悪い。
- 長い。リアムの声があってこそなのにこの長さいらない。もしくはそこまでの長さに耐えうる楽曲ではない
- ギターがうるさ過ぎてボーカルやドラムが埋もれてしまっている。
- ドラム、アラン・ホワイトの調子も悪い。
こんな所でしょうか。
本文でも書きましたが、ギターの音量を抑えて、リアムの声の通りを良くしてミックスし直したら化けるアルバムなんじゃないかなと。
エディットも許されるなら曲の長さもカットしたら…。
2027年に30周年なので、そういうミックス、エディットバージョンがでないかなと今から密かに期待しています(笑)。
では最後に本文で触れなかった1st、2ndと本作の決定的なもう一つの違いの話をしたいと思います。
それはチューニング、周波数です。
我々が聴いてる大抵の曲ってA=440Hzにあわせてチューニングされてるんですね。
つまりドレミでいうと「ラ」の音が440ヘルツという周波数に合わさるようにチューニングされてるんです。
このアルバムでも全曲A=440Hzにのっとってチューニングされているんですけど、1st、2ndがどうだったかというと、
適当なんです(笑)
適当といってもA=440Hzになっていないだけで、楽器間のチューニングはあっています。
そうじゃないと音痴なだけのめちゃくちゃな演奏になっちゃいますからね。
ただA=440Hzにあってないので※②一般的なポピュラーミュージックとは違う印象を受けたりするんですよね。
試しに440ヘルツでチューニングされたギターで、1st、2ndの曲をCDにあわせて弾いてみると、正しいコードを弾いているはずなのにあわないんですよね。
とにかく、難しい理屈抜きにして簡単に説明すると曲のルールの前提が違うということなんですよ。
これが1st、2ndの頃のオアシスがほかのバンドとは違うと思わせるマジックの一つだったのかもしれません。
そして本作がA=440Hzになって他のポピュラーミュージックとの違いが一つなくなってしまったこと、これが実は本作が駄作扱いされた原因、いままでのオアシスとちがうっていう、根本的な違和感だったのかもしれないですね。
僕の知る限りだれも指摘してない気がするんですがどうでしょうか。
文句を言いすぎてやな感じのレビューになっちゃったかもしれないですけど、1st、2ndが凄すぎたんですよね。
出発点がスタイルとして出来上がりすぎちゃっていたのが彼らの不幸だったのかもしれないですね。つまり、
- スタイルからのバリエーション、脱却を常に求められる
- スタイルを支えているものが、ボーカルの声質という変化せざるを得ないものだった。
わけですからね。
しかし、確かにイマイチな曲もありますけど、なにも「スタンド・バイ・ミー」とか「ドント・ゴー・アウェイ」をベストに入れないのはやはりおかしいですし、本作、そんなに駄作と叩かれるほどではないと思います。
あと少しの工夫で、確かに最初の2枚に比べるとパワーダウンだけど3rdも捨てがたいよ、的なポジションまでいけたかと思うと本当に「惜しい」アルバムだと思いますし、過小評価が著しい一枚だとは思います。
前作に引き続きアルバムのアートワークはブライアン・キャノンが担当してまして、そのデザインもなかなか洒落ていますしね。
ロールス・ロイスをプールに沈めちゃうなんて実に彼ららしいじゃないですか(笑)。
※②実はA=440Hz以外のチューニングを使っているアーティストは割といます。パンテラがそうですし、初期のヴァン・ヘイレンもそうです(以前当ブログでもそのことは言及しました)。レディオヘッドの『ザ・ベンズ』は440Hzと448Hzの曲が混在しています。