今回はクリープハイプのメジャーデビューアルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』を取り上げたいとおもいます。
クリープハイプの魅力はなんといっても、ボーカルの尾崎世界観の声の面白さ(しかしすごい芸名だな)と、みっともなくて口には出せないような本音を代弁してくれる様な歌詞じゃないかとおもうんですよね。
それが一番如実に出ているのはやはりこのメジャーデビュー作なのかなと。
という事で早速個別の曲の解説に入ります。
1. 愛の標識
同棲していたが別れてしまった恋人が実家に帰ってしまうという切なさをパンク的な勢いで叩きつけるオープニングナンバー。
このアルバム自体がかなり疾走感を意識して作られている気がしてて、収録時間も46分と最近のアルバムにしては短いし、曲間も間髪いれずに始まっている曲もあったりします。
歌詞に出てくる銘菓とは仙台銘菓「萩の月」ですかね。
甘すぎる銘菓といえば「萩の月」を連想しちゃいます。
銘菓が甘すぎるのと、今起こっている事態とかけて、「簡単には飲み込めない」と解く。
こういうダジャレですね。
状況的には悲壮感漂ってる内容なんだけどこういうユーモアをちょくちょく盛り込んでくるのがらしいなと。
「犬まで愛されてたと思ってたとか」そんなわけあるかい!ってツッコミが入りそうなおかしさもいいですね。
こういうユーモアを入れることで過剰なセンチメンタリズムを含みつつも「自分かわいそう」で終わらず、そんな自分を茶化す視点を入れてくるのがポイントですね。
例えばお笑いでいうと漫才とかでちょっと強い言葉でボケたあとにツッコミがそれをフォローするような、そんな効果があると思います。
恋愛にのめりこんで周りが見えなくなっている主人公の悲しみと可笑しみが上手くあらわされている一曲。
2. イノチミジカシコイセヨオトメ
水商売に従事する主人公の視点から描かれるエモーショナルなラブソング。
相手が常連客なのかどうなのかわからないですけど、恋をしていて、しかし、自分の境遇のことを考えるとなかなか勇気が出ないという内容。
ラブソングで告白したいけど勇気がでないみたいなシチュエーションっていうのはかなりありふれた設定。
しかし主人公の境遇を変えることで、告白できない理由が変わってくるんですね。
生まれ変わったら何になろうかな
コピーにお茶汲みOLさん
と一度そういうレールに乗ってしまったら「生まれ変わらない」とOLにはなれないという社会構造の問題について指摘してるんですよね。
あまり語れないですけどこういう風刺的な歌詞はクリープパイプ、意外と多いです。
ということでなかなか珍しい設定なんですけど、なかなか変われない自分をうたうという意味では、実は結構普遍的なテーマで、実は共感をえられやすい曲になっているかと思います。
明日には変われるやろか
明日には笑えるやろか
札束三枚数えては 独りでつぶやく スキキライスキ
3. 手と手
前の曲の余韻を感じさせる隙を与えずにほぼ切れ目なしで始まる三曲目。
「イノチミジカシコイセヨオトメ」は考えさせられるテーマを取り扱った曲だと思うのですが、それをパッと違う曲ですぐに塗り替えてしまうというのは彼ららしいアプローチかもしれません。
「どうせすぐわすれるんだろ」的な皮肉さえ感じる。
さて、「手と手」ですが、別れた恋人以外は何にも要らないというストレートで未練たらしいラブソング。
夜中の3時が朝になった時 君はきっと仕事を休むだろう
この一文はどういう意味なんでしょうね。
別れる別れないとかの話をしている状況の話だと思うんですよね。
別れ話が泥沼化してきて夜中の3時も超え、これはもうすぐ朝だぞって時に、彼女の方は明日の仕事をやすまなきゃな、そんなことを冷静に考えている。
でも彼氏にとってそんなことはどうでもいいんですよね。だって、
本当の事を言えば毎日は 君が居ないという事の繰り返しで
もっと本当の事を言えば毎日は 君が居るという事 以外の全て
なんですから。
実にみっともないんです。
でもみっともない事をかわりに言ってくれるっていうのがクリープハイプに我々が託している物のひとつなんだと思います。
4. オレンジ
生活を支えてくれていた恋人に対する未練を歌った曲。
この曲はプロモーションビデオもあってそれを見ると大体のストーリーがわかりやすく説明されていますね。
オレンジの光の先へ その先へ行く きっと2人なら全部上手くいくってさ
サビでは明るい未来への希望が歌われているんですけど、Aメロ、Bメロ部分では二人ですすんでいく未来は訪れなかった見たいです。
男のほうが定職についてやっと経済的に追いついたと思ったら、もうそこには彼女はいなかったという悲しい内容ですよね。
アルバムのタイトル『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』が象徴するように、別れや喪失、叶わない物がアルバムのテーマになっているかと思うのですが、そんなテーマにまさにドンピシャの一曲。
5. バイト バイト バイト
タイトルがバイトですが、これバンドの歌ですね。
売れないバンドに所属する主人公がコンビニのバイトを続けながら、先の見えない状況について嘆くという内容。
売れないバンド活動をやっていた人は聴くのが辛い一曲なんじゃないですかね。
僕はつらいです。
ただ、サビでずっと「君はどうだ」とこちらに疑問を投げかけ続けているんですね。
まるで「俺の状況はそりゃ最悪に近いものかもしれないけど君だって似たり寄ったりだろ?」と言っているかのようです。
6. ミルクリスピー
結構ここまで歌詞の内容がキツかったり、音楽的にも勢いがあったりで聴くのも体力がいるナンバーが続いてきました。
そんな流れに一息いれられるような、箸休め的に少し落ち着いた一曲。
チョコレートをモチーフに恋や性を比喩的に表した曲。
7. 身も蓋もない水槽
歌ではなくセリフを読んでるみたいな、ポエトリーリーディングのようなボーカルのー曲。
本作で最も激しい、ロックテイストの濃い楽曲。
誰もが思っている雑誌『an an』に対する突っ込みとかが面白い。
女子の本音がなんとかだってどうだって良いんだけど××××って
そういう意味の××××なのかな
舞台は電車の中ですのでタイトルの「身も蓋もない水槽」とは電車の車両のことを言ってるんでしょうね。
身も蓋もないとは「表現が露骨で味わいがない」というような意味ですので、この歌自体と車内で繰り広げられる人間模様、下品な車内広告のことを指してるんでしょう。
こういう露悪的なテイストもクリープハイプの賛否を呼ぶところですけど、持ち味の一つだと思います。
8. ABCDC
ギターのアルペジオで始まってちょっと今までの曲とは異なるバンドアレンジで始まる曲。
冒頭で疾走感を大事にしたアルバムと言ったけど、さすがにそれだけでは飽きもくるんで、いい具合にいいタイミングでこういう曲も入っています。
本来であればこのようなアレンジのアプローチもできるのですが、あえてシンプルで勢いを重視したアレンジをこのアルバムではしているということがわかります。
曲のAメロ、Bメロ、サビなどの構成についてメタ的な語りをいれながらもすすんでいく歌詞も面白い。
とはいえサビでは、尾崎さんのハイトーンボイスの叩きつけるような熱唱とかき鳴らされるギターでこのアルバムらしい勢いを発揮しています。
9. 火まつり
ベース担当の長谷川カオナシ作の楽曲で、メインボーカルも長谷川氏が担当しています。
ネットで他人の批判や揚げ足取りに夢中になる日本人に対する痛烈な皮肉、風刺が効いた曲。
それを日本の昔ながらの村社会固有の「お祭り」になぞらえているところが上手いです。
タイトルの「火まつり」もネットでの「炎上」とかけたんでしょう。
こういう例えが巧みですよね、クリープハイプは。
10. 蜂蜜と風呂場
歯医者でずっと口をあけて治療器具などを口に入れられ続けている、その苦しい状態から、別れた彼女に「口でしてもらっていた事」を思い出し、彼女がついてくれたあれが「ハチミツみたいな味がする」という嘘を思い出すというなんとも酷い内容(笑)。
でもふとしたことで昔付き合いのあった人のことを思い出すってのはよくあることだと思いますし、そこもなんかリアルですよね。
蒼く燃える惑星の恋人 左手の薬指と未来の話
月額定額制の僕の恋人 もう時間無いから口でよろしくね
と、なんか正規の恋人ではなかった感じも主人公のダメっぷりが描かれてていいですね。
やはりこの様にテーマとか題材が露悪的だったり、結構どぎつくて感情的な表現が多いので、嫌いな人は大嫌いだし、好きな人はそんな取り繕ったような所がない感じにはまるんでしょうね。
11. チロルとポルノ
このアルバムでは珍しくサウンドに爽快感があるフォークロック的なナンバー。
昔付き合っていた人のことを思い出す主人公、でもその人の名前の漢字表記のことはもう忘れてしまっている。
中学生がタバコを吸っているのを見ると 何故かあなたのこと思い出すんだよ
こういうふとしたきっかけで昔の人を思い出すところなんかリアルでいいですね。
あたしのアップの写真を送るから お腹が空いたらチンして食べてね
こうやって爽やかに下ネタをユーモアを交えてさらっと出してくるところもらしくて好きです。
通り雨 あたしを濡らしては 大事な物を見透かされたようで
声には出さないけれど 悲しくなって泣いてしまった
センチメンタルな感情と、シニカルな身も蓋もなさが同居しているのが実にらしい一曲だと思います。
まとめ
40分弱と最近のアルバムにしては収録分数が短いです。
しかし中身が「濃い」のでこれだけの尺でもお腹一杯ですね。
というか元気ないときは聴けない感じすらある。
彼らのスタイルを表面的にマネすると面白くないバンド、ただ聴くのが辛いバンドになりそうです。
- 歌詞と声の強烈なユニークさ。
- 人を食ったようなユーモア。
クリープハイプにはそんな要素がありますからね。
曲もなんだかんだでメロディーが良かったりしますし。
何度も言いますがポイントはやはり我々が日常では決して恥ずかしくて口に出せないようなエモーショナルな感情、みっともない本音などを、代弁してくれる点にあると思います。
そしてそんなテーマに適した賑やかな演奏で聞かせてくれる。
そんなところがクリープハイプのバンドとして良いところではないでしょうか。
ということで彼らの特性がよく出ているクリープハイプのメジャーデビューアルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』でした。