今回は電気グルーヴの2008年発表のアルバム『J-POP』を紹介します。
一言で言ってしまうとこの『J-POP』、電気グルーヴというユニットが成しえた、ひとつの到達点、完成形のアルバムだと思っています。
個人的には最高傑作だと思っています。
キーワードは「格好いいスクエアなサウンド」と「おバカな歌詞」の融合です。これが唯一無二の、彼らにしか作り得ない作品を成立させているんですね。
それでは早速見ていきましょう。
1. 電気グルーヴとは
キャリアの一つの到達点、というからにはざっとそのキャリアを振り返って、電気グルーヴとはいったいどういうユニットなのか明らかにしていく必要があります。
メンバー構成
ご存知、電気グルーヴは石野卓球とピエール瀧の二人からなるユニットです。
時代にもよりますが、音楽的なイニシアチブを握るのは主に石野卓球で、ピエール瀧の担当パートは「TAKI」ということになっています。
ピエール瀧の電気グルーヴでの役割を言葉にするのはなかなか骨が折れますが、マスコットキャラ的存在であり、ステージ上を縦横無尽に駆け回り、楽曲製作としては作詞を石野卓球としたりします。
まずはざっと彼らのキャリアを振り返って見たいと思います。
1991年『FLASH PAPA』でメジャーデビュー。このころは三人体制でCMJKというメンバーがDJを担当していました。
音楽的にはハウス系のサウンドに石野卓球のラップがのる、という形になっています。
セカンドアルバム『UFO』から砂原良徳(通称まりん、最初は良徳砂原と名乗る)が参加。
4枚目の『VITAMIN』からテクノ、エレクトロ要素を強め、歌詞の面白さだけでなく、音楽性も重視した作りになりだす。
1997年、シングル「Shangri-la」がヒットし、お茶の間での知名度も得、ファンの間でも最高傑作と名高い『A(エース)』がリリースされます。
しかしその後、『VOXXX』製作中に砂原良徳はバンドを脱退します。
唯一メンバーの中でシリアスなムードをまとっていた砂原良徳が脱退し、からおふざけ路線が更に強化されると思いきや、発表されたシングル「Nothing’s Gonna Change」は王道なエレクトロナンバーでした。
もちろんその後に発表されたアルバム『VOXXX』ではいきなり人を食ったようなナレーションから始まったりして、相変わらずのおバカは健在なのですが、サウンドの、格好良さはむしろ前作よりも上がっていました。
で、このキャリアを振り返ることでなにかいいたいのかというと、電気グルーヴにリスナーが求めている要素の中には絶対にこの「おふざけ」や「真剣にバカをやる」ということがあるとおもうんですよね。
しかし、その「おふざけ」や「バカ」と音楽性とのバランスはアルバムによって大分違ってきたりするのです。
そのさじ加減によって、そのアルバムの評価がわかれるのではないでしょうか。
ファンそれぞれに好きなさじ加減が異なるのでは、というのが仮説です。
では肝心の『J-POP』ってどういうアルバムなのか、「おふざけ」と音楽性のバランスはどうなのか、ということを見ていきましょう。
2. アルバム『J-POP』とは
『J-POP』は電気グルーヴの 9枚目のアルバムで、なんと前作『VOXXX』から実に8年の開きを経て、2008年に発表されたのがこの『J-POP』です。
その間にまったく活動をしていなかったというとそうでもないのです。
2004年にはベストアルバム『SINGLES and STRIKES』をリリース。
2005年にはスチャダラパーと組んで『電気グルーヴとかスチャダラパー』を発表していたりします。
一応前作に当たるスチャダラパーとのコラボ作品が音としてのかっこよさは割と後退してコラボを生かして楽しいことやり尽くそうみたいなお祭りムード溢れる仕上がりだったので、本作もある程度その路線なのかと思っていました。
ところがフタを開けてみるとキッチリと統一感のある楽曲が並ぶある種「正統派」のテクノ、エレクトロのアルバムだったのです。
ジャケットデザイン
ふざけた格好をするいつもの二人ではなく、きっちりとした黒のスーツに身を包み、髪も整えてシリアスな表情で前を見据えています。
考えて見れはメンバーの写真がこんなに堂々と表立ってアルバムジャケットになったのは初めてでした。
これ本当に本作の中身を体現している秀逸なジャケットだとおもいます。
つまり外見、音楽的にはすごくカッチリしてるんですけど、中身はアホな歌詞だったりするわけです。
タイトル
『J-POP』というタイトル。
直球というかビックワードを放り込んできてるわけです。
この2人の事だから皮肉というか揶揄というか、到底J-POPとはいえないものを提示しておきながらJ-POPを名乗るようなギャグのようにもとれます。
しかし、実はこれに対するピエール滝本人からの回答がCDJournalのインタヴューがありました。
ほら、この質問きたって感じ(笑)。このタイトルについては、絶対に聞かれるからね。これはね、僕らだって“J-POP”だってことです。深い意味なんて、一切ないですよ。キャッチーだし、今回、僕たちが作った音楽に一番しっくりくる言葉が“J-POP”だっただけで。
引用元:CDJournal 2008/04/03掲載分より
とまぁ、本当かどうかは別として、予想に反して『J-POP』というタイトルにそういった揶揄のようなものはなくストレートに我々はJ-POPなんだという思いが反映されているとの回答でした。
では実際凄くポップなアルバムか、電気ってやっぱりJ-POPだなぁって納得できるようなアルバムかっていうとやっぱり全然違うんですね。
サウンドは今までになくストイックなのです。
では曲紹介いきましょう。
3. 曲紹介
- 「ズーディザイア」
D.A.F.やリエゾン・ダンジェルーズっぽい硬質なテクノサウンドの楽曲。
なんとなく四文字熟語っぽい音読みをカタカナを組み合わせて韻を踏んでみたり。
D.A.F.はDeutsch Amerikanische Freundschaft、ドイチュ=アメリカニシェ・フロイントシャフトの略、独米友好協会という意味で、78年から活動しているドイツのテクノユニット。
リエゾン・ダンジェルーズは元DAFのメンバーも在籍していたバンド。ともにエレクトリック・ボディー・ミュージック、現在のテクノの元祖的な存在。
この曲のサウンドが気に入った人は必聴だと思います。是非聴いてみてください。
- 「いちご娘」
インスト曲。多分ノーヒントでこれだけ聴かされて電気グルーヴの曲だと言い当てるのは相当難しいはず。
未来間あふれるシンプルに格好いい曲。
でかい音でいいステレオで聴きたいですよね。
ふざけた曲ばかりでなくこういうのも作れるんだぜ的トラック。なぜいちご娘なのかは不明…。
なにかの企業の真面目なCMに使われていたような記憶があるんですが、ネットを探しても出てこない…。記憶違いかな…。
- 「半分人間だもの」
正に電気グルーヴにしか作れない曲。
どことなく初期のジャーマンテクノを想起させる硬質なテクノサウンドを身にまとったおバカな歌詞。
このアルバムのコンセプトを体現しています。
タイトルは相田みつをの「にんげんだもの」とノイバウテンの『半分人間』(Halber Mensch)から。
アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン(Einstürzende Neubauten)はブリクサ・バーゲルトを中心に結成されたドイツのインダストリアル・ミュージックやノイズ・ミュージックバンド。
通常の楽器のみならず廃材などを使った演奏で知られています。
お久しぶりクサ 贅肉バーゲルト
はノイバウテンのブリクサ・バーゲルトが近年激太りしたことに対する言及。
他にもO.Tという言葉が出てくるが、普通は作業療法士(Occupational therapist、略称: OT)のことだが、ノイバウテンのアルバム『患者O.T.のスケッチ』(Zeichnungen des Patienten O. T.)からきている可能性が高いと思います。
とするとこのO.Tとはアウトサイダーアーティストのオズワルド・チルトナー(Oswald Tschirtner)のことになります。
他にも
花マル 焼くマル
貸せ大衆
など思わずニヤリとする引用が多々見られます。
下ネタも満載の歌詞ですが、どうしようもない人間の性癖を並べ立て、
ああ正常 半分人間だもの
と言い切ってしまうあたり、人間賛歌にも聞こえなくもない(適当)。
- 「モノノケダンス (Album Mix)」
PVのリンクはシングルバージョン。アルバムの方はよりアルバムの雰囲気にあわせたミックスになっています。
本作全体に言えることなのですがボーカルのミックスが抑え目。
メロディラインも低音なものが多く、歌はあくまでもサウンドの一部として溶け込んでいます。
その結果、いままでの電気の作品のなかでも、音の質感、トータルデザインにこだわった統一感のある出来になっています。
おバカな歌が高らかに鳴り響く路線を期待していた人には肩透かしかもしれません。
プロモーションビデオは数ある電グルの名作のなかでも1番人気な『Cafe de 鬼(顔と科学)』を製作した天久聖一によるもの。
様々なパロディが登場する。ロック関連でいえばDEVO地蔵、TOE FATの指人間、キングクリムゾンの1stジャケットなど…。
オチがいい意味で酷いです。
テレビアニメ『墓場鬼太郎』のオープニングテーマだったため、シングルジャケットは、まさかの水木しげる先生書き下ろし。
無駄に人脈が広いのも電気の魅力です(笑)。
- 「少年ヤング (Album Mix)」
こちらもYouTubeリンクはシングルバージョンです。
しかし、アルバムバージョンの方が断然「大人」な仕上がりになっていてイントロからして断然格好いいので、シングルしか聴いたことのない人は是非。
本作のハイライトです。
Album Mixのコーラスは篠原ともえが担当。
プロモーションビデオは80年代の女の子のファッションやアイドルのパロディになっていて、不思議な中毒性があります。
4. アルバムの評価
自分は出た当時もこれはすごいアルバムとおもったので、みんなの評価も結構高いんじゃないかと思いました。
が、意外とアマゾンレビューなどでも賛否が分かれているようですね。
何を電気グルーヴに求めているかの違いではないかとおもっています。
はっちゃけた感じを求めると肩透かしをくらいます。
『J-POP』のよさはそのバランス感覚にあるのかなとおもいます。
振り返ってきたように初期の電気のアルバムは、面白いラップ調の歌がメインだったわけです。
バックのハウスサウンドの成熟度や完成度よりは歌、もしくはネタが前面でた作りでした。
それが『VITAMIN』あたりから音楽性の練磨がされてきて、音楽性が高い、もしくはサウンドのクオリティを重視した格好いい音が増えていったわけです。
名盤『A』
そうした笑いやふざけ、ユーモアと格好いい曲の融合がうまくなされたのが、ファンの間でも人気であり、一番の売れたアルバムでもある『A』でした。
なかでも「ポケット・カウボーイ」と「VOLCANIC DRUMBEATS」はそうした電気らしい格好いいサウンドとユーモアにとんだ歌詞の融合がうまくいった例ではないでしょうか。
また、単純に格好いい「猫夏」や「パラシュート」のような曲もあり、「ガリガリ君」や「あすなろサンシャイン」のようなふざけ要素の強い曲もあります。
シングルでヒットを記録した「Shangri-La」はある意味電気グルーヴらしくない「真面目な」ディスコソング曲でした。
『A』が電気の様々は良さをバラエティ豊かに提示して見せた傑作だとします。
とすると、本人達が最終何をめざしていたのかは別として、『J-POP』は彼らの持っているユーモアを言葉遊びの観点から突き詰めていくと同時に、サウンド面では彼らの原点ともいえるテクノ、エレクトロとして単純に格好いいサウンドを追求し、その二つの要素をうまい具合に融合して、アルバムとして統一感のあるもので提示した作品ではないでしょうか。
事実「少年ヤング」「モノノケダンス」のシングル2曲はそうしたアルバムの雰囲気にマッチするようにアルバム用のミックスになっています。
ふざけきった歌詞と研ぎ澄まされた音像のコンビネーションは本来はあまりない組み合わせであり、本来食い合わせは悪いものです。でもそれを電気グルーヴは独自のやりかたでうまくやってきて、アルバムのなかでそれぞれ提示してきました。
今回はそれを完全に一つ一つの楽曲のなかで融合して提示してきたのです。しかもそれぞれの要素は研ぎ澄まされている。
だからこのアルバムは魅力的で電気グルーヴがたどりついたひとつの到達点であると言いたいのです。
実は非常に難しいことをやっているんです。
まとめ
いかがだったでしょうか。
結構カッチリとしたカッコいいサウンドが楽しめて筆者は彼らのキャリアの中でも、『A』とならんで大好きでよく聴いています。
電気グルーヴを聴かず嫌いの人、
ただ面白いことをやってるだけの人たちだと思っている人、
そんな風に思っている方にこそ聴いていただきたいなと思う名作です。
まあ本人たちには「余計なお世話だバーカ」っていわれるかもしれませんが。
とにかく人気作の『A』の影に隠れていて聴かれていないのはもったいないので、是非!
(文中敬称略)