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確かな実力を見せつけたデビュー作にして実は一番「らしくない一枚?」グレイプバイン『退屈の花』

今回は1998年に発表されたグレイプバインのデビューアルバム『退屈の花』について書いていきたいと思います。

「バンドのファーストアルバムにはその後のバンドが表現していく世界観の要素、源流みたいなものが、実はすべて入ってるんだ」なんてことをよく耳にしたりしますよね。

しかし、20年以上のキャリアをもち、都度、音楽性を変化させてきた彼らの全ての要素が本作に詰まってるとは正直言い難いです。

ただ、「どうしてこれだけの長い間、高いクオリティを維持しながら彼らが活動を続けてこれたのか」という問いに対する答えは、ほとんどこのアルバムに入っていると思います。

グレイプバイン、存続の秘密に迫りながら、すでに新人離れしていた完成度を見せつけている本作の内容に切り込みたいと思います。

1. 鳥

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ボーカル、ギターの田中和将作詞作曲のオープニングトラック。

骨太なギターロックが展開されるナンバーで、曲そのものの良さと、これぞバンドサウンドというアレンジがうまく絡み合った必殺の一曲。

全部のパートのアレンジがカッコいいんですけど特に素晴らしいのがドラム。

特にBメロ部分で、バンドのキメの後、ドラムの力強いフレーズが何パターンか入るのがたまんないですね。

このアルバム全体にいえることなのですが、プロダクションは決して派手で分かり易いわけではないんですけど、それがかえって飽きがこない理由にもなっていて、そこら辺のバランスもうまいとしか言えないですね。

2. 君を待つ間 

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作詞:田中和将/作曲:亀井亨の2ndシングル。

『Best of GRAPEVINE 1997-2012』作成時に行われたファン投票でも8位と、初期の曲にも関わらずかなりの人気のあるラブソング。

ベースのリフが印象的なイントロとそれに続く序盤のドタドタしたドラムアレンジ、フィードバックノイズを交えながら気持ちのいいフレージングを奏でるギタ―と、最初の何秒かで既に聴きどころ十分のラブソング。

メロディラインも亀井さんっぽさが出てて、バインの歌詞で頻出する「光」という単語も出てきたりと、本作の中でも一番王道のバインサウンドという趣です。

ファンなら周知の事実なんですけど、グレイプバインのメインのソングライターはドラムの亀井亨なんですよね。

ドラムパートが曲を書くこと自体珍しいパターンですが、ドラマーがメインのソングライターというのはかなり珍しいです。

EW&Fモーリス・ホワイトイーグルス(The Eagles)ドン・ヘンリージェネシス(Genesis)フィル・コリンズなど、ボーカルをとるドラマーが曲も書くというパターンはありますが、ボーカルもとらずにバンドのメインのソングライターでいるドラマーって、ちょっと思いつかないですね。

そういう意味でもバインって稀有なバンドだと思います。

バンドにとって、ソングライティングやボーカルを担うドラマーを有することのメリットはいくつかありますが、そういうドラマ―のドラミングって、歌心のあるフレージングが多いんですよね。

亀井さんのプレイも多分に漏れず、メロディアスというか、ドラムのパターンを追いかけてるだけで十分楽しいです。

ボーカルを担当するドラマーに関しては記事も書きましたので、よろしければ読んでみてください。

3. 永遠の隙間

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当時のリーダーだったベースの西原誠作曲で、ファンキーなバンドの演奏とストリングスのアレンジがうまく融合した一曲。

ホッピー神山が編曲に参加していて、オルガンとストリングスが加わっているんですけど、それが曲を上手く引き立てていて最高ですね。

特にストリングスとバンドって、下手したら陳腐になってしまうことも多い組み合わせですけど、これは全然そんなことになってなくて、曲に不可欠な要素になっています。

ラストの不協和音を含んだカオティックな展開もいいです。

さて、バインの全ての作詞を担当する田中さんの歌詞の特徴として、英語に聞こえる日本語使いやダブルミーニングがあります。

英語に聞こえる日本語詞で日本で一番有名なのはサザンの桑田佳祐ですが、田中さんも負けてないっすね。

桑田佳祐率いるKuwata Bandの代表作スキップ・ビート。サビで明らかにスケベスケベスケベと歌っているが、歌詞カードはあくまでもSkipped Beatと言い張っている。

この曲でもそのようなフレージングが冴えわたっていて「汗」が「I say」、「愛犬」が「I can’t」、「いつ終わらせる」が「It’s what I say」に聞こえたりします。

このアルバム以降では英語に聞こえる日本語だけじゃなくて日本語でダブルミーニングを持たせた歌詞も登場してきます。

4. 遠くの君へ

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ギターの西川弘剛による作曲で『Best of GRAPEVINE 1997-2012』ファン投票14位とこれまた人気の一曲。

西川さんは他のメンバーに比べて自作曲の数は少ないんですけど、その分打率は高いというか「望みの彼方」(先のファン投票でカップリング曲にもかかわらず2位)「放浪フリーク」「小宇宙」などの代表作を手掛けていたりします。

「放浪フリーク」。バインの中でも一、二を争う名曲。バーベキュー中にメンバーがおもむろに演奏を始める謎のPVもGood。

遠距離恋愛をテーマにした曲ですが割と大人の捻くれ感が出てる歌詞で、「二人は離れられなくなるのさ」の部分のボーカルが個人的にツボだったりしますね…。

同時代にデビューしたバンドに比べて若干年上だったということもありますけど、バインの歌詞って子供っぽくなくて、恋愛の歌でも、わかりやすくドラマチックなものというよりはリアリティのある男女間の心の揺れ動きの機微みたいなものをとらえているんですよね。

そんな歌詞をデビューアルバムから提供していて、そんなところも新人離れしていると思います。


と、ここまで4曲紹介してきてお気づきになったかもしれませんが、この冒頭の4曲で、メンバー4人、それぞれが作った曲が一曲ずつ披露されているんです。

一曲目から四曲目まで、それぞれのメンバーが作った曲がまるで名刺代わりと言わんばかりに並んでるんです。

バンドの力量を見せつけるのにうってつけですし、デビューアルバムとして出来過ぎてますよね。

しかも全部いい曲なんですよね…。

メインのソングライターが作った曲以外の曲も入ってるけど、微妙だなっていうのも多いじゃないですか。

ちょっとこれぐらい作曲能力のクオリティがそろったメンバーが在籍しているバンドって日本だとL’Arc-en-CielとかYMOとかはっぴいえんどクラスのレジェンド以外ないですよね。

メンバーが全員作曲ができる。

これがグレイプバイン最大の強みであり、マンネリ化せずに長続きしている秘訣でもあります。

そして複数のソングライターが在籍していながら、世界観がバラバラにならないのは、作詞をすべて田中さんが担当してるから、そこで作風の統一感があるからでしょう。

5. 6/8

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作詞:田中和将/作曲:西原誠のタイトル通り、8分の6拍子の曲。

日本のバンドはもっと8分の6拍子の曲やればいいのにと思うんですけど、ストレートな8ビートで、スウィングすらしてない曲ばかりやってるバンドが結構多くてもったいないなと思います。

同時代のバンドだとくるりとか8分の6拍子の曲が多く、初期の代表作「虹」もそうですね。

6. カーブ

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作詞:田中和将/作曲:西原誠で、アコースティックギターの激しいストロークをフィーチャーしたフォーク調のロックナンバー。

このアルバムはリーダーの西原さんが作った曲が10曲中4曲とかなりの割合です。

このあとバンド内の作曲はドラムの亀井さんがメインで担っていくアルバムが大半になっていき、キャリア中盤までは「バインらしさ」が「亀井節」と言われるメロディーラインやコード感にある種集約されていくのですが、亀井曲が2曲のみのこのアルバムは彼らのキャリアの中では大分異質なテイストかも知れません。

7. 涙と身体

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作詞:田中和将/作曲:亀井亨のミドルテンポのロックバラード。

個人的な話になっちゃいますけど、周りにいたバインファンには結構人気でしたね。

曲自体は良いんだけど今のバインや前半の曲に比べるとちょっとアレンジが単調でもったいない気がします。

曲自体はめっちゃいいので、いまのバインでどう調理するのか見てみたい一曲。

8. そら

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作詞:田中和将/作曲:西原誠の1stシングルで、フォーキーでゆったりとしたAメロ部分が印象的な一曲。

名盤と名高いセカンドアルバムの『Lifetime』の時の華があって骨太なロックチューンが多かったシングル群に比べると地味なんですけど、これをあえて最初のシングルに持ってくる「外し」かたが、彼ららしいともいえます。

作曲者の西原さんはジストニアの治療のため一時バンドを離脱、復帰したが、再発したため2002年に脱退してしまったんですね。

病気のことがなくて、亀井曲と西原曲が鬩ぎあいながら他のメンバー二人のキラーチューンが時折入ってくる体制だったらどんなことになっていただろうかと時々妄想してしまいますね…。

残念です。

9. 1&MORE

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クレジットは作詞:田中和将/作曲:田中和将・西川弘剛ですが、矢野顕子「ひとつだけ」に影響されて書いた一曲。

歌詞カードにも注が入っていて、本人に許可を得たうえでメロディーを引用、歌詞にも関連性があります。

原曲と聴き比べてみると、思ったよりもメロディに類似点が多く、結構カバーに近いです。

原曲がゆったりとしたリズムなのに対して、こちらはドライブ感のあるロックナンバーになっていますね。

原曲の歌詞がかなりロマンティックで詞的なものになっているのに比べて、こちらのほうがよりストレートであけすけな感情の吐露になってるのもバインっぽくていいですね。

10. 愁眠

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作詞/作曲田中和将の弾き語りにバンドで肉付けしていった様なフォークロック的なアルバム最終曲。

アルバムの頭と終わりに田中さんの曲が挟まれる形になっています。

やはりシンガーが自分で作ったメロディーだと歌い易そうというか、Aメロ部分ののびやかなボーカルが気持ちいいですね。

数は亀井さん作曲に比べるとすくないですが、田中さん作曲のナンバーも割と多いです。

そして面白いことに田中さん作曲の名曲が最も幅を利かせているアルバムが現時点(2022年5月)での最新作『新しい果実』だったりするんですよね。

『新しい果実』よりソウルテイスト溢れるシングル曲「ねずみ浄土」。同じく同アルバム収録の「目覚ましはいつも鳴りやまない」と合わせてバインのあたらな代表作となる名曲。

曲がおわったあと暫く無音部分が続き「熱の花」という曲がシークレットトラックとして流れてきます。

アルバムの最後に無音部分があって、そのあとに隠してある曲があるって、90年代に割と流行った手法で、有名どころだとNirvana『Nevermind』とかもそうですよね。

まとめ

ということで一曲一曲見てきましたが「ファーストアルバムの時点でメンバー全員がそれぞれ曲を提供してて、それぞれいい曲」ってなかなかない、というか他に例がないですよね。

ソングライターが一人のバンドとかだと枚数を重ねる毎に、音楽性が一辺倒になってきたり、曲がマンネリ化してくることをまあままあるんですけど、バインはその分メンバー全員が作曲できるので、誰かが調子悪い時でも他のメンバーがカバーすることも出来ますし、この後メンバー全員でジャムりながら作曲していくというスタイルも開発していったりして、ますます音楽性が面白くなっています。

いや、本当に稀有なバンドですよね。

そして本作も完成度が高く、正直普通のバンドだったらこの後のキャリアが行き詰まる可能性も全然あると思うんですよね。

派手さはないけど確かな味わいがあるロックって、なかなか作りにくいと思いますし。

ところが実際はこの後に発表したセカンドアルバム『Lifetime』でバンドはさらに飛躍し、グレイプバインと言えばこう、と言えるようなスタイルを確立し、さらに一般的な人気も獲得していきます。

彼ららしさという観点でみると本作は面白いですよね。

グレイプバインらしさはまだ完全に確立されていないのに、完成度は結構高い。

このバランスがグレイプバインのスタイルになってもおかしくなかったはずなのにならなかった。

それは次作で亀井さんの作曲能力が完全にゾーンに入ったのと、西原さんが病気もあって不調になってきたのと関係していると思うんですけどね…。

ということで、個人的な好みを言えばバインのアルバムの中でも一番か二番ぐらいに好きな一枚なんですけど、結果的に一番バインらしくないアルバムになってしまった、と意味では邪道なチョイスかもしれません。

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