今回は1992年5月に発売されたMr.Childrenのデビューミニアルバム、『EVERYTHING』を取り上げたいと思います。
複雑なコード進行を伴った、若さと情熱があふれる瑞々しいポップスが堪能できる一枚で、これよりあとのミスチルでは味わえないようなファンタジックなテイストもあったりして、ファンなら聴いて損のない一枚だと思います。
桜井和寿がソングライターとして最初から割と凄かったということがわかる一枚で、ある意味完成されているんですよね。
若さは感じるけど未熟さはあまり感じないというか。それはミスチルではおなじみのプロデューサー、小林武史のアレンジによるところも大きいのですが。
今のミスチルのファンも、現在との音楽性の違いが面白いと思うので是非聴いてみてほしいです。
ここから徐々に表現のバリエーションを増やしていって、そこから凄みだったり、時代性だったり、ときにはほころびだったりが生じてくるという感じですね。
1. ロード・アイ・ミス・ユー
デビューアルバムの一発目の一曲目ということで、これがミスチルがメジャーアーティストとして発表した一曲目になります。
※ポリスの「ロクサーヌ」みたいなひずんだギターのスタッカート気味のコード弾きのイントロがインパクトありますね。
少し専門的な話になるんですけど、この曲、シンプルに見えて割と複雑なコードを使っているんですよね。
ミスチルはかなりコードワークや展開に凝っているアーティストなんですけれども、このファーストの時点で複雑なコードワークを見せています。
ダークさはあるんですけど、テーマは恋愛にとどまっていて、『Atomic Heart』以降の凄みみたいなものはまだないです。
ただ青春の暗い部分、というか陰りのようなものは良く表現できていていると思います。
『HOME』以降のミスチルに比べるとかなりバンドでのアレンジで聴かせる曲になっていて今のミスチルファンからするとかなり新鮮な音楽性かもしれません。
※The Police。レゲエとパンクを融合させたサウンドで、70年代末から80年代前半に活躍したイギリスのバンド
2. Mr. Shining Moon
昼下がりが似合うような、のんびりとしたシティポップ風の楽曲。
恋愛のうきうきする要素を、メルヘンチックに描いたラブソング。
このファースト、曲調が大分現在と違うんですけど、特に歌詞がかなり違いますね。ファンタジー的な要素が強いというか。
4曲目の「風」もそうなんですけど、自然物の擬人化を用いた歌詞表現が多用されています。
このファンタジー路線はセカンドまではそれなりに顔をだしてるんですけど、三枚目の『Versus』からテーマも重くなってきたこともありなくなっていきます。
それどころかだんだんギスギスとしていくという。それと共にアレンジもだんだんロック調のものが多くなっていきますね。
3. 君がいた夏
デビューシングルとして後にシングルカットされた初期代表作。
個人的な好みはともかく、完成度としては本作のベストトラックなのではないでしょうか。
歌謡曲的な構成で丁寧に作られたよくできたポップソングだとは思います。
スライドギターのイントロなど、意外とメンバーの顔も見えてくる演奏だったりするんですけど、本作の中では一番バンド感が薄く、小林武史のアレンジの力が強い曲でもありますね。
4. 風 〜The wind knows how I feel〜
ボ・ディドリー・ビートを下敷きにしたような力づよいリズムと爽やかなコード感が印象的なアコースティックギターのイントロが心地よい一曲。
ミスチルのキャリアの中では異質な曲だと思います。
まず構造がシンプルで洋楽っぽいですね。
ヴァース(Aメロ)があってコーラス(サビ)があって、それが交互にくるという。
ご存じの通り、ミスチルは所謂J-popや歌謡曲のスタンダートといえる展開をその大変の曲で踏襲していて、Aメロ、Bメロ、サビはもちろん、最後のサビ前のブリッジ(ミドルエイト、Cメロ)的な部分まできっちりと作り込む作曲スタイルなんですけど、この曲は前述した通り至ってシンプルです。
歌詞も面白いです。
都会の生活の中の清涼剤となるようにやさしく吹く「風」を擬人化させて、そこから癒しや何等かの啓示を得るという、なかなかファンタジー的ですよね。
まあ、風はたとえば、主人公を癒してくれる恋人かなんかのメタファーかもしれませんが。
都会のタフな生活にもまれながらもそれでも頑張って生きていくという、テーマ自体はミスチルの中では特に中期以降頻出するものではあるんです。
ただ、中期の作品以降は自力でなんとか糸口を見つけていくというスタンスに対して、この曲は風に癒しを求めてそれを賛美する結論に至っていて、そこが全然違っておもしろいんですよね。
当時は時代がまだバブルの余韻もあって、なんかしらの余裕もあってこういうファンタジックな結論でも機能していたのかもしれないですけど、95年以降は、阪神淡路大震災やオウム真理教にまつわる事件で、どうもこういうアプローチでは世間の写し鏡としてのポップソングとしては機能しないぞ、となってきたのかもしれません。
この時とは違って95年はすでにミスチルはその人気においてピークで、そういう役割を引き受けていかなければならなかったというのもあるかと思います。
5. ためいきの日曜日
アンニュイな雰囲気の中で遠距離恋愛の辛さがつづられたラブソング。
この曲のハイライトは何と言っても終盤の展開ですね。
Aメロ部分では前半「君」に合えない憂鬱をけだるげに歌うというモードなんですけど、サビ部分では負の感情が噴出してくるんです。
曲のアレンジもだんだんとサイケデリックなものになっていきます。
この後半の展開をもっと膨らませたのが、セカンドアルバム収録の「ティーンエイジ・ドリーム (I~II)」ですね。
『Atomic Heart』に始まり『深海』をピークに『BOLERO』や『DISCOVERY』あたりまで影を落とす、ミスチルダーク路線の萌芽がここにあるような気がします。
6. 友達のままで
シンコペーションが効いていたり、リズムがハネていたり、実は結構R&Bっぽいナンバー。
最近のミスチルに比べると歌の音数も少なくてゆったり目で、R&Bっぽいノリで聴くと気持ちいいんですよね。
表面的なアレンジはアコーディオンかハーモニカっぽいシンセとかウクレレとかをフィーチャーしてて大分軽快でコミカルなアレンジです。
しかし歌詞の内容は友達以上恋人未満だった関係が、告白によって壊れてしまったという失恋ソングなんですよね。
ノリとアレンジの軽さで、重苦しくは聞こえないようになっています。
まず、話題になることのない曲なんですけど、僕は大好きですし、再評価とまでは言わないですけどもっと聴かれてもいいなと思う一曲です。
7. CHILDREN’S WORLD
子供が子供だけで集まって何かをやるワクワク感と、これからの起こることへの希望や可能性をうたった、今のミスチルにはないマジックやピュアネスがまぶしい、瑞々しいギターポップナンバー。
本作で一曲だけ選べと言われたらこの曲を選びますね。
メロディと歌詞がいいのはもちろんですが、リズム隊がカッコいいです。
特にベースラインはシンプルな曲構造の中でもわりと動きが多くていいですね。
実はファーストとセカンドまではベース(中川敬輔)とリードギター(田原健一)のフレーズは、プロデューサーの小林武史が書いていたんですが。
そういう意味ではミスチルのバンドとしてのデビュー作は三作目の『Versus』という見方もできるんですけど。
ということでサード以降と一枚目、二枚目のベースとギターのフレーズの違いを比べてみても面白いかもしれません。
まとめ
今回聴きなおしてみて驚いたんですけど、全曲ソングライティングのレベルは一定に保っていて、
全曲いいんですよね。
よくファーストアルバムには全てが詰まっているみないな話もあるんですけど、ソングライティングの確かさとバラエティーの豊かさはこの時点で明らかになっているなと。
その一方で中期や2010年代以降のミスチルとは歌詞や音楽性が大分違うので、ミスチルはやはり変化が激しかったバンドなんだなと再認識しました。
2ndにも言えることなんですけど、その後の大ブレイクがもしなかったとしたら、本作はどう評価されていたんだろうと、夢想してしまいますよね。
グッドメロディが詰まった佳作として、今よりも大事に、ひそかに聴き続けられたかもしれないなと思います。