今回は1993年に発表されたMr. Children三枚目のアルバム『Versus』を紹介します。
バンドサウンドが控えめだった前作に比べて、バンドとしてのミスチルが本格的に始動し始めた一作といってよいのではないでしょうか。
また声の透明度や艶やかさという観点でいったら一番ボーカルにみずみずしさがあるアルバムですね。
桜井さんの甲高い声質が苦手な方は少ながらずいるかと思うんですけど、そういう人でも本作は聴きやすいかなと思います。
収録曲は全10曲。
曲数が少なめに見えるかもしれないですけど、短めのインストとかSkit(寸劇)的な小品とかも多かったりするバンドなので、特に初期は割と11曲とか10曲だったりするのでそんなに曲数が少ないというわけでもないです。
クレジットが「作曲:桜井和寿・小林武史」で共作になっている曲が5曲あって、まだまだプロデューサーの小林武史さんの手を借りてアルバムを作り上げた感は濃厚です。
しかし、前作とは違ってバンドとしてのミスチルの萌芽が見え隠れするアルバムで、ベスト盤『Mr.Children 1992-1995』にも三曲「Replay」「Love」「my life」と収録されています。
1. Another Mind
前作とは打って変わってバンドサウンドを前面に押し出した一曲目。
歌詞の内容もダークで内省的。
アルバムの一発目から前作とは違うぞ、ということを打ち出しています。
リアルタイムで聴いた方はそのギャップに驚いたと思いますね。
アコースティックギターが激しくかき鳴らされて、
何故に卑屈な微笑浮ぶ この街角
行き交う人の波が奏でてる不協和音(discord)
自分を打ち砕くリアルなものは偽りだと
目を伏せてた個独なTeenage
ですからね。
主に恋愛の事ばかり歌っていた前作『Kind Of Love』とは歌詞の面でも大分異なります。
ここから徐々にミスチルの歌詞にダークな要素や社会についての描写が入っていきます。
その狼煙と言える一曲で重要な作品だと思います。
「かくあるべし」とあり方を押し付けてくる社会の中で、どう自分らしさを取り戻していくかというのがテーマの曲だとおもうのですが、これからも様々な形でミスチルの歌詞には似たようなテーマが出てきますね。
演奏面では、楽曲を引っ張っていく力強いドラミングが素晴らしいです。
メンバーの中で楽器演奏者として一番達者なのは、やはりドラマーの鈴木さんだと思います。
間奏部分に桜井さんのスキャットが入るのですが、これがまたエモーショナルでカッコいい。
音楽的にも歌詞的にも新機軸を打ち出した要注目曲です。
2. メインストリートに行こう
作曲:桜井和寿・小林武史。一曲目とはがらりと雰囲気が異なる明るくて楽しいPOPナンバー。
前作の雰囲気を引き継いでいる感じがあり、前作からリアルタイムで聴いていたファンはここでホッとしたかもしれないですね。
Aメロにもどってグッと盛り上がって終わる最後のアレンジもいいです。
休日に恋人と街に繰り出す楽しさがあふれ出てくる曲で、同じようなシチュエーションの時、外出するときに聴きたいですね。
レゲエの伝説的なシンガー、ボブ・マーリーが歌詞に出てきます。
桜井さんの歌詞には結構こういう固有名詞がでてくるんですね。
1stでもチャック・ベリーがでてきたりします。他にもドラえもんやウルトラマン、レオナルド・ディカプリオまで出て来る曲もあります。
3. and I close to you
前の曲から間髪入れず始まるアップテンポなファンクナンバー。
この2曲の並びがよくて、ついつい連続で聴いてしまいます。
桜井・小林の共作曲でストリングスと管楽器、バンドのサウンドの絡み合いが見事で小林武史プロデュースワークが光る作品。
ワウを効かせたファンキーなギターも聴けますね。
この頃からギターの田原さんとベースの中川さんの二人のプレイヤーとしての主張がでてき、バンドとしての一体感が増してきているのもいいです。
歌詞は片思いしている女性への思いに翻弄される男性の苦悩を描いています。
好きな人には他に意中の人がいるという設定は前作収録の「BLUE」と似ているのですが、更に踏み込んで男性側の苦悩を前面に押し出した内容になってますね。
頭打ちのドラムのリズムとストリングスで明るい雰囲気のあるイントロ、間奏と影のある本編、歌部分のギャップが面白い曲。
4. Replay
3rdシングル。
「抱きしめたい」もそうなんですけど、このころのシングル曲って基本的に「よくできたしっかりした曲」で、いい曲なんですけどグッとくるような魅力的な個性という面では本作収録の他の曲には少し劣るかなっていう感じがします。
やはりシングルでも「攻めた」曲を発表し始めるのは次作の『Atomic Heart』の時期からですね。
とはいえ、いい曲であることには間違いないです。
いきなりサビから始まるスタイルの曲で、ミスチルのシングルでは結構珍しいパターンだと思います。
5. マーマレード・キッス
作詞:桜井和寿 作曲:桜井和寿・小林武史。
打ち込みのビートとシンセやアコースティックギター、スライドギターで幻想的でロマンティックな雰囲気を演出したバラード。
急に降り出した雨の中、濡れるのも気にせずにイチャイチャするカップルの様子が歌われていますが、これはミスチル史上もっともセクシーな歌ではないでしょうか。
前作に収められた「車の中でかくれてキスをしよう」もそうなんですけど場面が思い浮かんでくる映像的な歌詞が素敵ですね。
ひらく傘の群れは舗道埋めるジェリービーンズ
あんまりそんなイメージないかもしれませんが、桜井さんは映画的な、具体的な映像を喚起させる詩を書くのが巧みなヒットメイカーの一人だと思いますね。
子供のころこの曲を聴いて、恋愛ってこんな感じなのかなとうっとりと思った記憶があります。
6. 蜃気楼
作詞・作曲:桜井和寿・小林武史。
ビートルズの「カム・トゥゲザー」を連想させるベースラインから始まるロックテイストの濃い作品。
ベースとエレクトリック・ピアノがサウンドの主体になっているんですけど、これまでのミスチルに無かったようなタイプの楽曲ですね。
ノイジーなギターソロもありますし。
7. 逃亡者
鈴木英哉ボーカルで作詞・作曲:小林武史という珍しい曲。
前作の「思春期の夏 ~君との恋が今も牧場に~」でもカントリーをやってましたけど、この曲はレゲエ調になっていて、鈴木さんボーカル曲はアレンジでもかなり遊んでますね。
「蜃気楼」という今までのミスチルの中でもかなりダークな曲の後にバランスをとるように明るい曲調です。
ホイッスルが入っていたりかなり楽しいアレンジで歌い方もかなりのんびりしているんですけど、歌詞は結構ダークだったりして面白いです。
喜びは 喜びはここにあるから大丈夫だ
悲しみは そこら中に転がっている 地雷の様に
踏まないように後をついておいで中略
いつまでも いつまでも 一緒だったらうれしいけど
どこまでも どこまでも 一人きりだと思う時がある
薄暗い明日に向かう逃亡者
8. LOVE
男女の友達以上、恋人未満の関係を描いた、ひそかに人気のあるナンバー。
ベストアルバムにも収録されています。
幼馴染なんでしょうかね、お互いに恋人はいるんだけど、相手が他の人に変えられていくのはなんとなくもやっとするし、特別な関係、絆のようなものはずっと感じていたいと願う気持ちが描かれてます。
でもかといって恋人になるつもりはないって言いきっているんですよね。
そんな関係、想いのあり方も「ひとつのLOVE」だといっています。
男性目線の曲なので女性側がどう思っているのかはわかんないですけどね。
そんなちょっとねじれた心理状態が曲の構造に現れているのか、ミスチルの特徴の一つになっていく転調をくりかえすなかなか面白い構造になってます。
転調の違和感、パッと変わる感じがフックになっている曲です。
サビ前にA、B、C、Dって徐々にコードが上がって行くのも面白いです。
しかし聴き手をもやっとさせることなく、全体的にスカッとした青空のような非常に爽やかな一曲に仕上がっていますね。
恋人でもない、けど特別な思いは持ち続けている、というある種不安定でおさまりの悪い心持に、最後「この関係は一つのLOVEの形であって、それがいいんだ」というように主人公自信が折り合いをつけていることで、聴き手の我々ももやもやを感じることなく曲が終わるので、それもあって聴いたあとに爽快感が残るのだと思います。
この関係はこのまま続いていくんだなぁと思わせてくれるんですね。
また、最後に転調して一音高いサビになりますね。
ミスチルのみならずJ-Popで最後にグッと盛り上げる為によく使われるアレンジの手法ですが、この効果で盛り上げているのも爽快感の秘訣ですね。
9. さよならは夢の中へ
作詞:桜井和寿 作曲:桜井和寿・小林武史。
この曲も前の曲の「LOVE」と同じく、転調だったり面白いコード進行を見せる曲ですね。
ギターのエフェクトが存分にかかったサウンドもあって結構ドリーミーな曲調なんですけど、転調があるのでなんかそこにずっと浸れるわけでもなく、展開に揺さぶられる感じがあります。
そしてその揺さぶりは歌詞の内容とリンクさせているような気がします。
うまくいっていないカップルの話なのですが、Aメロ部分では結構悲観的なんですけど、サビでは希望も見出していたり、一定ではないんですね。
タイトルからして「さよならは夢の中へ」ですからですね。
さよならするのかしないのかもよくわからない。
愛し合っているんだけどうまくいっていない。
そういう矛盾や不安定さが楽曲にもよく現れていて面白いです。
10. my life
ピアノを主体としたポップナンバー。
所々にエレキシタールなんかも入っている微妙なアレンジの妙が楽しめます。
歌詞は要約すると振られたけど元気(笑)。
ラブレターの封書が、「62円」で送れていたという値段もそうですけど、そもそもラブレターを送るという行為自体に時代を感じますね。
曲の最後のたたみかけるような展開もいいですね。
雨に打たれ 風に吹かれ 波にのまれても
うぬぼれたり 落ち込んだり おだて上げられて
ドラマみたいな上手い話は めったにないけれど
それでも my life
こういう展開は1stの「ためいきの日曜日」や2ndの「ティーンエイジ・ドリーム(Ⅰ~Ⅱ)」でも見られますね。
ベストアルバムにも収録されたので完成度として勿論高いんですけど、アルバムのラストソングとしてもよくできてますよね。
アルバム自体は結構ダークにはじまったんだけどそれをも包括するように「これが人生だ」っていう前向きなメッセージでしめくくられているのも彼ららしいなと思います。
まとめ
ポップの名盤『Kind of Love』、大ヒットしてミスチル現象を巻き起こした『Atomic Heart』。
それら2枚に挟まれて、結構印象の薄いアルバムだとおもうんですよね。
ポジション的に新しいファンがさかのぼって聴くときに一番後回しにされそうなアルバム(笑)。
けれどもそれぞれにフックがあって聴きどころもある質の高い楽曲が詰まっているアルバムだと思いますし、もっと聴かれてもいいと思いますね。
そして桜井さんの歌も、声質的に一番みずみずしさを感じますし、楽曲のふり幅も大きくバラエティーに富んでいます。
ミスチルの転換期をとらえたドキュメントとしても優れていると思います。
この機会に是非聴きこんで欲しい一枚です。
次のアルバムである4枚目の『Atomic Heart』に続きます。