PR

「ロック」の歴史的名盤レディオヘッド『OKコンピューター』全曲解説

7. フィッター・ハッピアー “Fitter Happier”                  

ノイズコラージュや音の断片をバックに、典型的イギリス人中産階級が理想とするようなあり方をコンピューターボイスに朗読させた一曲。

当時は皮肉的な意味合いを持っていたけど、今日では格差が広がり、そもそもこの曲で描かれている生活がありふれたものではなく、なかかなか手に入りづらい現状もあって、「あれ、結構幸せじゃないか」とおもってしまいますね笑。その生活の中に確かに存在する空虚さって言うのは充分想像できるんですけど。

『コンドル』(Three Days of the Condorというロバート・レッドフォード主演の1975年のアメリカ映画の音声がサンプリングされています。

この曲をおそらく下敷きにしたのではないかというのがThe 1975「The Man Who Married A Robot / Love Theme」という曲です。同じくコンピューターボイスに独白させるという内容です。

この曲が収録されているThe 1975の『ネット上の人間関係についての簡単な調査(A Brief Inquiry Into Online Relationship)自体がリリース当時から『OKコンピューター』と比較されていましたね。

トーキング・ヘッズ『リメイン・イン・ライト』という1980年に出た名盤の中で同じく語りだけで歌がない「Seen and Not Seen」という曲がありまして、ひょっとしたら「フィッター・ハッピアー」もここから影響を受けているのでは? と思ったりします。

そもそも彼等のレディオヘッドというバンド名自体がトーキング・ヘッズの曲から来ていますので、まぁない話ではないと思います。

似たような志向の楽曲として是非聴き比べてみて下さい。

8. イレクショニアリング “Electioneering”    

本作でももっとも激しいナンバーの一つで歪んだギターサウンドが前面にフィーチャーされた、前作『ベンズ』に近しいギターバンド的な曲。”Electioneering”ってあんまり聞きなれない言葉ですけど「選挙運動」という意味。Electionは「選挙」なのでここから考えれば分かり易いかと思います。

ということで歌はとある政治家の語りの形をとっています。「選挙期間中は正論をいう。皆さんの一票に期待します」とか、「これは単なるビジネスだ」など歌詞のあちこちで現代の政治家たちの有様を痛烈に皮肉っています。

レディオヘッドは、あんまりそのようなイメージはないかもしれないですけど、このような政治批判を含んだメッセージの曲もあるんですね(「2+2=5」など)。

というか彼らの歌詞のテーマがそもそも現代生活の中で疲弊していく個人を描くものが多いので、おのずと現代の政治システムに関する言及も出てくるわけです。

その政治的混乱のぐちゃぐちゃ加減が、前作『ザ・ベンズ』の延長線上にある緻密なギターワークスではなく、わりと衝動的なギターフレーズだったり、煽るように鳴り響くカウベルの音やタンバリンに表れているのが面白い楽曲だと思います。

9. クライミング・アップ・ザ・ウォールズ “Climbing Up the Walls” 

ノイズコラージュやオーケストレーション、歪ませたボーカルなどの音響的効果によって本作でもっとも禍々しいオーラに包まれた曲。歌詞の内容も暴力や事件の香りがします。アップテンポな「イレクショニアリング」、際立って美しい「ノー・サプライゼズ」に挟まれて結構地味なポジションだけど、聴きこんでいくとその圧倒的にダークな内容に引き込まれます。

「レッド・ダウン」が恍惚とするようなサウンドに振り切った一曲だとしたらこれは彼らの持てる要素をダークな方向に振り切った一曲かと。ここら辺のダークなムードは自作の『キッドA』以降にも引き継がれていくので、そういう意味では実は結構重要な曲だったりするのかなと思いますね。最後には珍しくトムの絶叫が聴けるのでその点も注目してみてください。

10. ノー・サプライゼズ “No Surprises”

“鉄琴が奏でるメロディーも相まって、まるでクリスマスのような心地の良い音像とゆったりとしたリズムでうっとりと夢心地になってしまうキャッチーな名曲。

しかし歌詞の内容はサウンドとは裏腹に現代の都市生活に疲れ切って限界を訴えている痛ましい内容。

A heart that’s full up like a landfill
A job that slowly kills you
Bruises that won’t heal

埋立地みたいにいっぱいいっぱいな心
徐々にむしばんでいく仕事
心の傷が癒えることはない
JMX訳

そのサウンドの美しさと歌詞のギャップが主人公がこの状況に対して心底疲れ切っていてすべてあきらめているような絶望を感じさせます。

死をほのめかすような部分さえあります。

I’ll take a quiet life
A handshake of carbon monoxide

静かな生活を選択するよ
一酸化炭素と握手して

サビの部分はNo alarms and no surprisesの繰り返し。「サブタレニアン・ホームシック・エイリアン」の項目で詳しく話した「簡潔な単語や短めの文をサビで繰り返す」レディオヘッドがよく使う手法です。

この曲はプロモーションビデオもかなり印象的です。潜水服かもしくは宇宙服のようなものに身を包んだボーカルのトムの顔がアップがずっと移り続けるだけの画面がずっと続くのですが、途中であっという展開が待っています。是非チェックしてみてください。

11. ラッキー “Lucky”   

本作で一番古い曲というのもあり、どちらかというと前作『ザ・ベンズ』に近いスタイルの楽曲。もともと、戦争孤児チャリティ用アルバム『HELP!』への提供曲として発表された曲。本作は90年代を代表する名盤といわれてるけど、「イグジット・ミュージック」とかこの曲とか、外部に提供した曲を平気で収録してたり、隙のない完璧なアルバムかといえば、そうなるように意識してガチガチに作られたわけでもないんですね。まあそのように完璧を意識して作られたアルバムがいいものとはもちろん限らないんですけれど。

人気のある曲でベストにも収録されていますが、ちょっと僕はもの足りなさを感じたりします。音楽的には矢張り『ザ・ベンズ』の域を出ないし…。ちょっとダークなギターロックといったところ。明るい曲を、ということで制作されたみたいですが全然明るくないですし(笑)。

12. ザ・トゥーリスト  “The Tourist”    

ラスト一曲。3拍子のゆったりとしたテンポの曲で、ラストにふさわしい広大なサウンドスケープを誇る一曲。

僕がSNSで独自にとったアンケートですとあんまり人気がないんですね…。最後に入っているからなのかあんまり聴いてないって人が多くて。でも僕はすごく好きなんですけど。なんか癒されるじゃないですか(笑)。

歌詞を見ながら曲を聴いていただくと分かり易いんですけど、単語を殆ど一語一語、しかも一音一音の音符が長めに歌っていくようなスタイルの曲なんです。

さんざん語ってきたように言葉数の少なさっていうのは割とコーラス(サビ)部分ではレディオヘッドにありがちな歌唱なんだけど、それを曲全体でやったのがこの曲。なので詩の文字数は全然少ないけど、5分以上のプレイタイムになってます。

ゆったりとした三拍子の曲で曲の感じも柔らかで美しいんですけど、歌詞は結構攻撃的。そのギャップがまたいいです。こういうギャップは日本のバンドにもどんどん真似してほしいなと思います。

まとめ

というわけで一曲一曲見ていきました。書きながらおもったんですけど、もちろん凄いアルバムではあるんだけど、「完璧」なアルバムではなくて、今聴くとレディオヘッドの近作と比べてやっぱり古いなと思うところがあります。

ロックやポピュラーミュージックの歴史の中で見ると、彼らのキャリアの中でも最重要作の一枚なんだけど、彼等のディスコグラフィーのなかで最高傑作かと言われるとちょっと物足りなさもあるなと思ったりしました。

最初聴いた時は前作『ザ・ベンズ』がギターロックの完成形みたいなアルバムだったのでそれに比べるとギターの出番が少ないと思ったんですけど、今聴くと全然そんな事ないですね。ギターの負う役割が変化しただけで。

装飾音だったり、従来シンセサイザーやサンプラーなどが担う様な役割をギターに負わせ始めたアルバムなんです。その傾向は次作以降もっと顕著で、ギターを使っていないようで実は結構使っていたりして、なんだかんだで真っ当なギターバンドなんだなと思ったりしますね。

という事でレディオヘッドの傑作『OKコンピューター』全曲解説でした。

タイトルとURLをコピーしました