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昨年亡くなった坂本龍一のオリジナルアルバム全レビューをお送りします。教授(坂本龍一の愛称)の仕事は多岐にわたり、特に映画のサウンドトラックは『戦場のメリークリスマス』や『シェルタリング・スカイ』などの重要作もあるので、オリジナルアルバムをたどるだけではその活動の全貌はつかみきれません。ただ、逆に劇伴という条件や制約がないときにどのような表現を当時選んだかがわかるという意味では意義があるのではと思っています。神格化するわけではなく、ジャンルに対する解像度の低さから、ためらいがありますが、他の全アルバムレビュー同様、点数をつけていきたいと思います。一般的な評価に関しても可能な限り言及していきたいと思います。
※「全ソロアルバム」の定義だが、公式サイトのSolo Discographyだけを参考にすると、ピアノ系の編集盤が多く入ってきてしまい、同時にソロアルバムっぽい企画盤が抜け落ちてしまう。かといって同サイトの企画盤を全部含めると膨大な量になってしまうので、取捨選択をし、必要に応じてベストや企画盤などを付け加えたリストになっている。なおコラボアルバムとライブ盤は基本的に除外した。
『千のナイフ』1978年
YMO結成前夜に発表されたデビューアルバム。のちにYMOでもカバーされる表題曲と「The End of Asia」というアルバムの頭とエンディングに配置された二大名曲が白眉。その2曲は教授のミクスチャー感覚を反映したポップで強力なインストナンバーだが、他は実験的な電子音楽。アルバムトータルとしてのまとまりには乏しいので、10点中7点。
『B-2 UNIT』1980年
YMOの活動と並行して制作され、名盤、代表作と誉れ高いセカンド。ダブ、パンク、ニューウェーブ、民族音楽の影響を落とし込んだ実験的な電子音楽で、ビートが強調された攻撃的なチューンからのちのアンビエント的な作風につながる落ち着いた楽曲まで、振れ幅のある一枚。YMOではできないこと、やりにくいことを存分にやり切ったようなのびのびと自由に作った印象。メンバーからも絶賛されている。のちにYMOの『BGM』や『テクノデリック』などのアルバムの作風にも少なからず影響を与えているとという意味でも重要作。「Thatness and Thereness」、「Riot in Lagos」などの名曲収録。アルバムとしての完成度も高いと思うが、個人的には凄いとおもいつつ響かないところがあって、10点中8点。前述した通り一般的な評価はもっと高いと思う。
『左うでの夢』1981年
教授の決して上手とは言えないボーカルがふんだんに採用された一枚。このあとYMOのPOP路線ではちゃんと聴けるボーカルになっているので、意図的に拙くしているような感じもする。セカンドより和風、中華風の作風になっている。初期の教授の作風として、和洋折衷というか、西洋音楽と東洋音楽が絶妙なバランスで交わっているところがあると思うのだが、あえて西洋趣味を減らしたような一枚。教授のキャリアの中ではそれほど評価も高くない作品だが、今聞くと「B2-unit」よりも面白いかもしれない。音色も結構リッチ。しかしながら決定的な名曲みたいなものは入ってないし、歌が入っている曲がやはりいまいちなので、10点中7点。おすすめ曲はドラムをふんだんに使用し、後期Japanとアンビエントが合体したような「The Garden of Poppies」。
『音楽図鑑』1984年
YMO散開(解散)や『戦場のメリークリスマス』サントラ発表後にリリースされた四枚目。アルバム前半はバラエティー豊かでバランスが良く、聴きやすいのでおすすめ。教授のソロ初期の雑食性というか和洋折衷的なサウンドが一番いい形で結実していると思う。YMO+大村憲司による演奏の代表曲「Tibetan Dance」やストレートにいい曲すぎてらしくなさすらある「SELF PORTRAIT」収録。のちに『1996』で決定打となるバージョンが収録される「M.A.Y. IN THE BACKYARD」の原曲が入っていたり、キャリア上重要な曲も何曲か入っている。前半にいい曲が固まっており後半が今一つ物足りないので10点中7点。
『Esperanto』1985年
キャリアの中で最も前衛的な一枚。ベスト盤で本作収録の曲を聴いたとき、最初全く意味が分からなかった。一見キャリアの中で独立しているような印象があるが、特に1曲目とか6曲目とか、次作につながる作風も垣間見える。前衛舞踏家モリサ・フェンレイから依頼されて作られた「架空の民族音楽」というコンセプトでまとまっているアルバムという予備知識を入れてしまうと腑に落ちてしまうので、何にも知らずに聴いて自由に解釈してほしい気も。実は最高傑作ではないかと思うときもあればコンディションによっては全然ピンとこないときもある不思議な一枚。間を取って?10点中7点。好事家には最も評価されている一枚かもしれない。
『未来派野郎』1986年
イタリアを中心に盛り上がった20世紀初頭からの芸術運動、未来派をコンセプトに制作された一枚。映画『ブレードランナー』『DUNE/デューン 砂の惑星』サンプリングがあだとなってサブスクで配信されていないといわれている。前作の反動もあったのか、東洋趣味や民族音楽的な要素はほとんどない。未来派が機械や工業化を賛美した芸術運動であるため、インダストリアルなサウンドが全体を占めているのだが、不思議と鉄の冷たい感じがするサウンドではなく、人間的な暖かみが感じられる内容になっている。ギターがフィーチャーされたロック的な要素もあり、「G.T.IIº」や「Ballet Mécanique」(超名曲)「Parolibre」などの名曲も収録していて、実験的でありながらポップな作風でもあり聴きやすくアルバムとしてもまとまっているので結構おすすめ。10点中8点。
『NEO GEO』1987年
沖縄音楽など、民族音楽や東洋的なムードを取り入れ、再び和洋折衷的な無国籍スタイルに立ち戻ったた一枚。とくに表題曲は沖縄民謡やケチャにファンクやロックを組み合わせた、そのようなスタイルの集大成的な一曲になっている。イギー・ポップなどをゲストに迎えた3曲目などもあるが、若干もの足りなさはある。10点中6点。
『Beauty』1989年
作風としては前作の延長線上にあるアルバム。沖縄民謡を中心に雅楽やスペイン音楽など様々な民族音楽をスタイリッシュに取り入れている。前作よりもこなれており、作品としてまとまっている。ブライアン・ウィルソン、ロビー・ロバートソン、ロバート・ワイアット等、ゲストも豪華で特にユッスー・ンドゥール参加曲の「DIABARAM」は名曲。10点中8点。隠れた名作。
『ハートビート』1991年
前作とは打って変わってハウスを基調としたダンスアルバム。2曲目で思いっきりジミヘンをサンプリングしているからか本作もサブスク未解禁。クラブミュージックを基調としてる曲が多いので踊れるし、ポップで聴きやすい曲が入っているキャッチーな一枚なので、サブスクで気軽に聴けないのが残念。10点中8点。残念ながら日本盤には未収録で聴けないがデヴィッド・シルヴィアンとのコラボ曲、「Heartbeat (Tainai Kaiki II) – Returning to the Womb」はキャリア屈指の名曲なので是非チェックしてもらいたい。
『sweet revenge』1994年
ヒップホップやボサノバの影響が濃い一枚。今までのアルバムには正直時代を感じるものがなくはなかったが、本作は2020年代の耳にはかなり聴きやすい一枚だと思う。その分教授らしさは薄めという気もするので10点中7点。とはいえ、「Movin’On」はヒップホップの中でもかなり好きな一曲。これだけでも聴いてほしい。
『SMOOCHY』1995年
前作でのポップ路線を引き続きつつもボーカル曲が増えたアルバム。音楽性としては前々作のクラブっぽいテイストをミックスさせたような作風あり、クラシック的な曲やタンゴとボサノバをミックスさせた曲があったり、欧米と中南米のサウンドを中心にそれなりにバラエティー豊かではあるが不思議と統一感がある仕上がりに。よくも悪くも90年代っぽさが出てしまった曲や、教授の拙いボーカルが若干邪魔な瞬間があったりする。前作同様聴きやすく入門にもなり得るが同じ理由で前作と同じ10点中7点。
『1996』1996年
今回対象がサウンドトラックやライブ、コラボや編集盤は除外という話だったが、本作だけは紹介させてほしい。過去の作品をピアノ、ヴァイオリン、チェロによるトリオ編成で再録した一枚で、シンプルな編成で、教授がいかに音楽的に強度の高い曲を作ってきたかが浮き彫りになる一枚。Rate Your Musicの日本の名盤ランキングでも高い位置を占めるがそれも納得の内容。クラシック入門としても機能するかもしれない。「M.A.Y. In The Backyard」などいくつかの曲は本作でのアレンジが決定版としてベストに収録されたり、映画のサントラとして使われたりしている。10点中8点。
『BTTB』1998年
基本的にピアノのみで構成されたアルバム。タイトルはBack to the Basic「基本にかえる」の略で、ポップスというよりはクラシックに分類されるような音楽性。『スムーチー』と前作とすると今作には唐突感があるが、『1996』があったと考えると、おかしくはない。とは言えただのクラシックアルバムにはなっておらず、教授らしい、音響的な実験だったり、引用だったりが散見されるアルバムで、そういった作風が前面に出てくる後半の曲のほうが教授のファンとしては聴きやすいかもしれない。普段こういうクラシック系のピアノものをあまり数多く聴いてきていないということもあり、前半部分がいいのか悪いのか評価しずらいので、評価は保留したいが、無理矢理点数をつけるなら10点中7点か。なお本作ののち、『ウラBTTB』として発表したシングルから「energy flow」がCMに使われヒットし、同シングルがミリオンセラーとなる。
『COMICA』2002年
前年に書き溜めたスケッチ、習作をまとめて作られたアルバム。意外にも初めてアンビエント的な作風が全面にでた一枚で、隠れた名盤として人気がある(まあ『エスペラント』がアンビエントといえないこともないけど)。つげ義春が教授の似顔絵を描いたようなジャケが印象的。近年のようなピアノメインのアンビエントではなく電子音楽よりで、ドローンといってもよい持続音がメイン。911を反映したような不穏さも漂っている。10点中8点。
『ELEPHANTISM』2002年
雑誌『ソトコト』の企画によるDVD BOOK『エレファンテイズム』のサントラとして制作された一枚。恥ずかしながら今回初めて今作の存在を知った。DVD BOOKは教授がアフリカの大自然を訪問して911で負ったダメージを癒していく……というような内容らしい。NY在住の教授にとってはアメリカ同時多発テロ事件は当事者であるわけで、我々には計り知れない影響があったのだと思う……が、らしくない割と安直さを感じる企画ではある……。肝心な音楽的内容はCOMICAの延長線上的なアンビエントに、フィールドレコーディングした現地の人の歌だとかの挿入だったりが入る。映像を見ながらきけばまた印象は違うのかもしれないが10点中6点。
『US』2002年
『1996』同様、例外として紹介したい。CM,TV用音源のベスト『CM/TV』、映画音楽関連のベスト『UF』と同時発売されたソロ作品からまとめられたベストアルバム。20世紀の教授のソロ活動が一望できる好盤で、入門としてはかなりおすすめ。自分も坂本龍一のソロの入り口はこの一枚だったし、かなり聴いてきた。残念ながらサブスクには入ってないが、サブスクで聴けない『Heartbeat』や『未来派野郎』の代表曲や、日本盤未収録楽曲(「Heartbeat (Tainai Kaiki II) – Returning to the Womb」)やフルアルバム未収録の曲(「Warhead」←めちゃくちゃかっこいいニューウェーブソング、必聴。「energy flow」等)も聴けるし、中古だが今ならまだ良心的と言える値段で買えたりするので、図書館で借りるでもなんでもいいので是非アクセスしてみてほしい一枚。勿論10点。
『CHASM』2004年
『スムーチー』のころの作風の延長線上にあるような、和洋折衷、様々な音楽の要素がシームレスに融合した、教授らしい音楽性を見せる一枚。とはいえ『スムーチー』の間の作風もちゃんと取り入れられており、アンビエント曲も何曲か入っているし、90年代半ば以降の電子音楽における変革も反映し、グリッチノイズが多用されていたり、当然のごとくアップデートされたサウンドを聴かせている。911やイラク戦争などのトピック、2001年に発表された地雷撲滅チャリティーシングル『ZERO LANDMINE』(教授の最高傑作の一つだと思うぜひ聞いてほしい)を反映してかテーマは反戦。90年代以前の当時の流行を敏感に取り入れたゆえに時代を感じさせてしまう20世紀のアルバム群と違って、今の耳でもすんなり入ってくる一枚で、らしさとバラエティーの豊かさで、今、この2020年代の入門編としておすすめかもしれないが若干冗長なところもあり10点中7点。
『Out of Noise』2009年
前作から5年ぶりとなった一枚。といっても全く活動してなかったわけではなく、alva notoやfennesz、Christopher Willitsとのコラボでむしろ精力的にアンビエントアルバムを発表していた。本作はそれらアンビエントミュージックにフィールドレコーディングを掛け合わせ、自然の音と電子音をかけ合わせたアルバムでもあり、実験的な現代音楽でもある。単純なピアノ曲で、ボーナストラック的な最後の二曲が蛇足との見方もできるが、個人的には文句なしの最高傑作10点中10点。
『async』2017年
前作から8年ぶり。『B2-Unit』と並んで教授のソロ最高傑作と評される一枚。前作同様、このインターバルは、活動休止が理由ではなく、相変わらずコラボアルバムや、 YMO再結成、映画のサントラ等、単純にソロディスコグラフィーだけ見ていたらわからないが、ソロ以外のコンスタントに活動によるもので、相変わらず仕事量はめちゃくちゃ多い。またこの時期にガンの治療などで、休んでいた期間もあった。教授にしか作りえないオリジナリティーと実験精神を感じさせるという意味でも最高傑作とされるのは納得の一枚。20世紀に出していたアルバムのようなふり幅もがある。個人的にはそのふり幅よりも統一感があった前作の方が完成度が高いと思うので、10点中9点。
『12』2023年
遺作となった2023年作。ドローンとグランドピアノの演奏をフィーチャーしたアンビエント作品で、生ピアノ演奏に比重を置いた曲は教授の息遣いや衣擦れ、椅子のきしむ音も録音されており非常に生々しく、そんなノイズも不思議と心地よい。一発で別の空間に連れていかれるような重みと深さがあり、最高傑作と言っても過言ではない。10点中9点。21世紀に入ってからのアルバムは毎回最高傑作と言っても差し支えない様な出来で驚かざるを得ない。世界のSakamotoは伊達ではない。
まとめ
ということで20枚のアルバムを紹介してきたが、他にもサウンドトラック、コラボアルバムや、アルバム未収録の企画もの、プロデュースワークに、楽曲提供、スタジオミュージシャンとしての活動、音楽以外の著作活動、役者活動、そしてもちろんYMOのメンバーとして活動と、ソロキャリアだけを追っかけても見えてこない活動が沢山あり、教授の仕事の全貌を把握した気には全くなれなかった。それでも時系列で聴いていくことで、バラバラで孤立しているように見えた作品から、流れや意外な共通点が見いだせ、点と点が線でつながったような手ごたえはあったし、現代日本を代表する音楽家の歩みをたどれたのは実にスリリングで有意義な体験だった。これを機に是非皆さんも教授のキャリアを通しで聴いてみてほしい。
とはいえ、これから初めて聴いてみようという人はとても最初から全部という気にはなれないと思うので、おすすめはベスト盤の『US』と晩年の三作で、あとは気になる時代のアルバムを掘っていくのが良い入口だと思う。
その時々にやりたいことをやって、そのドキュメントとしても側面が強く、アルバムトータルの完成度とかは意外ともとめていないのかなという印象を受けた。ということで高得点は思ったよりも出なかったが、昨今のアルバムの完成度の高さが逆に気詰まりするみたいな瞬間もなかったし、コロコロと変化する音楽性で変化も楽しめたので苦痛ではなかった。
それにしても最晩年がもっとも充実してたのではという感想がでてきてしまうぐらい、近年三作の完成度が高く、存命であれば、これからも傑作を作り続けてくれたに違いないから、改めて教授を失ったことは大きな損失だと思った。