今回は邦楽で文学から影響を受けた曲を紹介したいと思います。
ミュージシャンには結構読書家の方もいらっしゃって、文学作品を参照していたりする曲がちらほらあったりします。
そういう曲を集めてみました。
自分で創作活動をやっている方は歌詞や曲を作る際にも参考になるかもしれません。過去に洋楽編をおおくりしましたので、興味のあるかたはそちらもごらんください。
1. 山下達郎「夏への扉」
SF小説オールタイムベスト常連だったロバート・A. ハインラインの『夏への扉』(原題:The Door into Summer)をもとに吉田美奈子さんが作詞し、山下達郎さんが曲をつけた名曲。
大ヒットしたアルバム『RIDE ON TIME』(1980年)収録。
当時達郎さんといえば夏のイメージがあったんですが、この曲もその系譜に入る、永遠の夏ソング。
ソウルやR&Bの影響を受けたファンキーなリズムを持ちつつ爽やかなその音像はまさにCity Popの典型というべき心地よさを持つ一曲ですね。
歌詞には小説の登場人物であるリッキィと猫のピートが出てきます。
歌詞の内容も本の内容を一部なぞっています。
『夏への扉』はいわゆるタイムマシンものの名作の一つで非常に読みやすく、人気もある一作。
この小説はなるべく10代でであったほうがいいかもしれませんね。
というのは、大人が楽しんで読めるハードなSFというよりは、もっとファンタジックかつロマンチックな内容なんですよ。僕は中学生の時に読みましたが、そのときはもっとも好きなSF小説の一つでした。
2. Blankey Jet City 「SALINGER」
曲のタイトルはもちろん『ライ麦畑でつかまえて』で有名なJ・D・サリンジャーから。
彼らの最後のスタジオアルバム『Harlem Jets』からの一曲。
サリンジャーは1965年から亡くなる2010年まで一切作品を発表せず、沈黙を守り続けました。
その沈黙の理由などは明らかにはされていません。
この曲の歌詞でサリンジャーに「Tell me why?」ってリフレインがあるんですけど、彼の沈黙の理由をたずねる意味もこめられていそうです。
3. 井上陽水「ワカンナイ」
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を反転させアイロニカルに現代を表象させた名曲。
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
宮沢賢治「雨ニモマケズ」青空文庫より
南に貧しい子供が居る
東に病気の大人が泣く
今すぐそこまで行って夢を与え
井上陽水「ワカンナイ」
陽水さんらしいひねりと皮肉の効いた見事な曲だと思います。
急速に価値観がガラリと変わっていく現代の混乱を、「宮沢賢治が普遍的とみなしていた目指すべき在り方」がわからなくなっている、という様に表しています。
君の言葉は誰にもワカンナイ
君の静かな願いもワカンナイ
望むかたちが決まればつまんない
君の時代が今ではワカンナイのよ
もちろん宮沢賢治の原作の詩に全く共感できないということではなく、現実はこんなにもねじれてしまっているという事を表したいのではないかと思います。
このように土台となる詩、物語、歴史上の人物をパロディ的に登場させたり、ひねりを加えて引用することで、グロテスクな何かを浮き彫りにさせるというのは結構使える手法で、この曲に限らずよく使われている方法です。
たとえばボブ・ディランの「廃墟の街」という曲では、歌詞にシンデレラやロミオが登場して、まるで現代の人物のように振舞っています。
気になるかたは是非チェックしてみてください。
4. ゴダイゴ 「モンキーマジック」
中国の古典伝奇小説『西遊記』にインスパイアされた曲。
当時『西遊記』がTVドラマ化されてそれのテーマソングですね。
とにかくそれぞれの楽器がカッコよすぎる名曲の名演です。
イントロの掛け声やドラムもカッコいいし、ギターのカッティングもCool。
当時(1978)では珍しい全編英語詞です。
面白い曲ですよね。テーマは中国の古典で日本のバンドが英語で歌っているという和洋折衷じゃないですけど、多国籍な感じが。
サウンドもそうで、ベースはやっぱりロックなんだけど、中国っぽさのあるフレージングなどを織り混ぜてあります。
さて、原作の西遊記ですけど、古典として有名なんで、なんとなくのあらすじも知ってるよーという方も多いかと思いますが、読んだことあるっていう方は実は少ないんじゃないですかね。
実はこれがかなり面白い小説ので是非手に取って読んでみて欲しいです。
5. きのこ帝国 「ロンググッドバイ」
タイトルはレイモンド・チャンドラー著、洒落た言い回しが最高にcoolなハードボイルド小説『長いお別れ』(原題: Long Goodbye)から。
本曲収録の同タイトルミニアルバムはきのこ帝国の一つのピークでありシューゲイザーの大名盤だと思います。
当サイトの邦楽アルバムベスト100でも取り上げました。
きのこ帝国は全作詞作曲を担当している佐藤千亜妃さんが文学が好きなのか2ndメジャーアルバムの『愛のゆくえ』はリチャード・ブローティガンの同名小説からですね。
『長いお別れ』も『愛のゆくえ』も村上春樹さんが影響を受けた小説としても知られています。
さて「ロンググッドバイ」ですが、歌詞の内容は実は直接的には関係がありません。
小説の内容は男同士の悲しい友情をめぐる物語ですが、きのこ帝国のこの曲は友情というよりは恋愛をめぐるものだと思われます。
ただその歌詞の状況を上手く一言で表すなら「ロンググッドバイ」という言葉が上手くハマったというところでしょうか。
6. かせきさいだぁ≡「相合傘 」
鈴木茂の「ウッドペッカー」から極上のギターをサンプリングしたこのナンバーは、梶井基次郎の短編「城のある町にて」の一節をまるっと引用しています。
「私はおまえにこんなものをやろうと思う。一つはゼリーだ。」で始まる語りの部分です。
面白いのはこの曲は色んな物からの引用で出来ていると言うことです。
冒頭で言った通りこの曲は鈴木茂さんのソロアルバムの曲をサンプリングしています。
そしてこの曲のフックは「相合傘」という言葉の繰り返し、リフレインです。
これは鈴木茂さんが在籍していたバンド、はっぴいえんどの代表曲と同じタイトルです。
はっぴいえんどの周縁をサンプリングしつつ歌詞の内容もどことなく古風です。
それでいてサウンドには現代的なところもあり、なおかつ「はっぴいえんど」よりもっと前の梶井基次郎を引用している。
大正、昭和、そして平成と、複数の時を跨いでいるにも関わらず統一感のある不思議な曲です。
その歌詞世界は文学とその三つの時代の世界観がシームレスに混ざり合ってるんですね。
ヒップホップというサンプリングの文化の文脈があって日本に生まれた稀有な曲だと思ってます。
7. 氷室京介 “Dear Algernon”
タイトルは、宇多田ヒカルも大好きで帯コメントまで書いてたダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』から。
氷室さんの1stソロアルバムの曲です。
正直小説との関連性はあまり見られないないのですが名曲だと思います。
アルジャーノンは小説に出てくるねずみの名前で、主人公はチャーリー・ゴードンといいいます。
実はザ・コレクターズにも同作に捧げた曲があってそれは「CHARY GORDONのうた」という曲です。
こちらはきちんと『アルジャーノンに花束を』の内容を踏襲して作られています。
8. cero「夜になると鮭は」
文学から影響を受けた曲というよりは直接文学作品を引用した曲。
レイモンド・カーヴァー「夜になると鮭は」という詩に曲をつけた作品です。
村上春樹による日本語の訳を朗読する形になっています。
雰囲気のあるトラックにカーヴァーのシュールでそして情緒のある詩が染みる名曲で、ついつい何度もリピートして曲と詩を楽しみたくなりますね。
9. GRAPEVINE 「Scarlet A」
グレイプバイン の「Scarlet A」はそのタイトルでピンときた方もいらっしゃるかもしれませんが、ホーソーンのアメリカ文学を代表する名作『緋文字』( 原題:The Scarlet Letter)から来ています。
不倫がテーマになっている曲なんですけど、タイトルと歌詞での『緋文字』の引用で小説を知っている人には「ああ、なるほどね」と主人公の境遇がはっきりとわかる構造になっています。
実際に『緋文字』と関連のある個所を引用してみます。
泣き疲れたの私
裏切ったのもこの私
火傷のようなこの「A」
いつまでも残るわ
『緋文字』の舞台は17世紀の独立前のアメリカの小さな町。主人公の女性ヘスター・プリンが夫以外の男と関係を持って子供を身ごもったため、姦通の罰として姦婦(adulteress)を示す赤いAの字が縫い付けられた服を着用して暮らすように命じられます。「Scarlet A」の歌の主人公はその『緋文字』の内容を受けて、不倫の罪悪感が火傷のようなこの「A」(adulteress)として胸に刻まれていると言っているんです。
さらにもう一つの引用でその不倫の恋が良くない結果になるであろうことを主人公が感じていることも示唆されています。それが映画『俺たちに明日はない』の引用です。
愚かなフェイダナウェイ
あなたはどんなファッキン・クライド
フェイ・ダナウェイは『俺たちに明日はない』でボニー役を演じている女優。クライドは登場人物の役名です。『俺たちに明日はない』は実在した悪名たかき強盗のボニーとクライドの物語を映画化したものなんですけど、二人には壮絶な最期がまっており、あえて自分たちの恋愛をボニーとクライドに重ねることで、この二人の先に「明日はない」ということを主人公が自覚していることを暗示しています。
適切な引用によって曲の歌詞世界を深めている例としてお手本のような曲ですね。
グレイプバインの作詞を担当している田中和将は文学好きとしても知られており、「Scarlet A」だけでなく、その他の数多くの楽曲に文学からの影響、引用があります。
「Darlin’ from hell」は詩人のヘルダーリン、「フラニーと同意」はサリンジャーの『フラニーとゾーイ』のパロディ、「スレドニ・ヴァシュター」はサキの短編のタイトル、登場人物から、「マダカレークッテナイデショー」にはモーパッサンの名前と小説のタイトルの引用があります。
これ以外にも田中さんの歌詞には文学からの引用がちらほらありますので、いずれ機会があれば単体でグレイプバインと文学について書いてみたいと思います。
まとめ
ということで、文学から影響を受けた曲を特集してみました。
実際の影響の濃淡には結構違いがありましたけれども、それぞれいろんな形で文学からインスピレーションを受けているのがわかったかと思います。
洋楽編も以前に取り上げましたので気になるかたは是非チェックしてみてください。
また当ブログではオリジナルの小説も発表しています。音楽小説になっていますので、文学と音楽双方に興味がある、この記事の読者の方に是非読んでいただきたい作品です。