今回のアルバムレビューはスピッツの6枚目のアルバム『ハチミツ』です。
『ハチミツ』とはどんなアルバム か
スピッツの最高傑作がなんであるかは結構意見が分かれると思います。
しかし意見として多いのは『三日月ロック』『名前をつけてやる』と本作『ハチミツ』なのかなと。
実際にこの『ハチミツ』ですが人気アーティストによってまるまるカバーアルバムが作られてます。
『Just Like Honey』っていうタイトルなんですが、これはジーザス&メリーチェインというイギリスのロックバンドの曲名からとられていますね。
『ハチミツ』はそうでも無いのですが、初期のスピッツはこのジーザス&メリーチェインから影響を受けているようなところもあるのと、単に『ハチミツ』のカバーなんで「ハチミツみたい」ということで、そういうお遊びから来てるタイトルでしょう。
この『Just Like Honey』ですが人気の若手アーティスト達によってカバーされた非常に興味深い内容になってますので興味のある方は是非チェックしてみてください。
YouTubeで内容の試聴も出来るみたいですね。
また羽海野チカによる名作漫画『ハチミツとクローバー』のタイトルの元になったアルバムでもあります。
話を『ハチミツ』に戻します。
まぁ、これは本当に私見というか個人的なイメージなんですけど「土曜日の昼下がり」っぽいアルバムです。
それも5月とかの、何となくポカポカした陽気の中でのんびり昼食とっているような。明日は日曜日だし楽しいなみたいな。
アルバムジャケットの野原のイメージのせいもあると思うのですがなんとなく暖かくて優しいサウンドが多い。
何回聴いても土曜日の昼下がりのイメージを想起させてくれるというか、そういうところに持って行ってくれる。
それが気持ちいいので何度も聴いてしまうのはありますね。
あとは前述した通り2つの大ヒットシングルが収録されてるアルバムなんですけど、この2曲。実はあんまり聴いてないです。
それでも大好きなアルバム。
シングル意外の曲がかなりいいんですよね。
後ほど詳しく語ります。
子供の頃に結構聴いていたのもあって、あんまり客観的に評価はできないかも知れないですけど、人気も評価も高いアルバムで、聴いて損は無いと思います。
では曲を一つ一つレビューしていきます。
1. ハチミツ
アルバムのタイトルトラック。
アルバムタイトルを収録曲からつけるスタイルが結構初期から中期までのスピッツには多い。
2ndアルバム『名前をつけてやる』3rd『惑星のかけら』7th『インディゴ地平線』8th『フェイクファー』がそうですね。
それぞれ同名の曲が収録されています。
『Crispy!』にはカタカナ表記の「クリスピー」という曲がありますし、『隼』には「8823」、『空の飛びかた』は「空も飛べるはず」でちょっとひねりを入れているのもあるんですけど、大多数がそうです。
10枚目の『三日月ロック』以降はしばらくその傾向はなくなるんですけど、14枚目の『小さな生き物』からはまた復活してますね。
さて肝心の曲の話に行きましょう。
「ハチミツ」は三分間のコンパクトなポップロックナンバー。
スピッツのバンドとしての良さが十二分に発揮された良曲だと思います。
Aメロ、サビ、Aメロ、サビのシンプルな構造。
所々で曲の拍子が変わる変拍子の曲。ですがあまり変拍子だと感じさせることもなくさりげなくやってます。
2:20くらいから終わりに向けて間奏部分があるんですがスピッツらしい美しい展開をきかせてくれます。
イントロのフレーズに戻ってスキャットで終わる、余韻の残し方もにくいですね。
歌詞。最初から状況説明がうまいですね。
一人空しくビスケットの しけってる日々を経て
出会った君が初めての 心さらけ出せる
「ハチミツ」
味気ない毎日を湿気たビスケットに例えるあたりは流石だなと。
そんな毎日を変えてくれたのが「君」というわけです。
で、それはどんな恋人かというと、
ガラクタばかり ピーコートの ポケットにしのばせて
意地っ張り シャイな女の子 僕をにらみつける
「ハチミツ」
たった2行ですが十分過ぎるぐらいどんな相手なのか伝わってきますね。
スピッツの歌詞に出てくる恋人像ってみな独特の個性があって好きですね。
ガラクタばかり ピーコートの ポケットにしのばせて
ガラクタというのは世間ではあんまり価値のないものということなんでしょう。
でも当人にとっては大事なものなので手元においているわけです。
どんな価値観をもった女の子かここでは説明しているわけです。
のっけからスピッツらしさ満載のラブソングでした。
2. 涙がキラリ☆
シングルでヒット曲。意外にもシングル曲は今作は2曲のみ。
しかしこの曲も後に紹介する「ロビンソン」と一緒に100万枚近くもシングルが売れたんですね。
いま考えると恐ろしい数字です。
面白いのはこの時期から『フェイクファー』発表までの2、3年の間は、過去に出したシングル曲がタイアップでチャートインしてたりしたんですね。
過去を知らない新規ファンからすると立て続けに名曲をシングルリリースしている恐ろしいバンドみたいに見えていたと思います。
今、アルバム単位でみると伝わらない当時の勢いがあったわけです。
スピッツがチャートを席巻していて、スピッツの時代とも言えちゃうような勢いがあったんですね。
その始まりが「ロビンソン」と「涙がキラリ☆」。
そういう意味でも重要な曲であることは確かです。
こういう何の事を歌っているのか具体的に説明できない、感覚でとらえるしかない、「詩的」な曲がヒットしていたというのは非常に面白く、ある種幸せな時代だったのかなって思います。
同じ涙がキラリ 俺が天使だったなら
「涙がキラリ☆」より
特に面白いのはサビの一人称が「俺」ってところですね。
この声とこの曲調だったら「僕」っぽい感じしませんか?
「俺」と「天使」っていうのがそもそも結びつきとして意外性がありますね。
3. 歩き出せ、クローバー
スピッツのベスト盤を自分が作るとしたら絶対に入れたい曲。
草野さんが映画『フォレスト・ガンプ』から影響を受けて作った曲。
しかしその予備知識を知らなかったら恐らくこれは『フォレスト・ガンプ』から影響受けてるって多分わからないんじゃないでしょうか。
それは映画から受けた印象を再構築、再編集したり、自分の言葉に変換しているからなんですね。
これは音楽に限らず、どんな分野でもそうだと思うのですがアーティストと呼ばれる様な人々に必須の能力ではないでしょうか。
どんな作品にもそのインスピレーションの源というものがありますが、その元となることの素晴らしさ、受けた印象などを自分の言葉や方法でもって伝える能力、さらに元となる要素を組み合わせて全く新しいものを創り出す能力。
これらが求められるなと。
「歩き出せ、クローバー」が『フォレスト・ガンプ』から影響を受けたという事実からそんなことを考えてしまいました。
イントロのギターのフレーズ、シンプルで簡単なものですが、印象的ですね。
実はこれは草野さんによるフレーズで、『ハチミツ』では草野さんはこれしかギターを弾いていません。
レコーディングされたギターはほとんどギタリストの三輪テツヤによるものです。
ライブではもちろん草野さんもギターを弾くのですが、『ハチミツ』のレコーディングでは完全に三輪さんにまかせているのですね。
バンドとしての役割がハッキリしていて、いいなと思います。
三輪さんのギターワークも大きなスピッツの魅力の一つなので。
『フェイクファー』ではこの体制が崩れて草野さんがレコーディングでもギターを弾いています。
4. ルナルナ
アレンジがバンドの範疇を超えていて、ストリングスとかブラスセクションが途中から結構派手に入っているんですけど、きちんとバンドの色も出ているバランスのいい曲。
それぞれのパートにちゃんと主張や見せ場があるんですね。
しかもそれがきちんと楽曲を良くする方向に働いている。
『Crispy!』って言うアルバムが有りまして、『ハチミツ』のプロデューサーである笹路正徳とスピッツが最初にタッグを組んだ作品なんですね。
その『Crispy!』ですが、まだ笹路さんのアレンジとスピッツのオリジナリティがこなれてない感じ、まだ調和してない歪な感じがあるんです(それはそれで面白くてアジがあって良いのですが)。
けれど今回の『ハチミツ』ではこの「ルナルナ」のように結構バランスがとれて調和してきている。
その調和具合が一番いい感じに発揮されてるのがこの「ルナルナ」だと思います。
イントロと曲の最後に入る短いギターフレーズがあるのですが、このアクセントがすごくいいんですね。
うまく言えませんが曲全体に広がりを持たせているような気がします。
このワンフレーズの有無が結構違うなと。
5. 愛のことば
これはもう名曲ですね。「歩き出せ、クローバー」とこの曲が入っているだけで、『ハチミツ』は名盤だなって思ってしまうぐらい。
メロディは当然いいんですけど歌詞がいい。
限りある未来を 搾り取る日々から
抜け出そうと誘った 君の目に映る海
くだらない話で 安らげる僕らは
その愚かさこそが 何よりも宝もの
「愛のことば」より
この冒頭の歌詞が特に好きですね。
つまらない日常を端的に表す一行目。
そこからの抜け出そうとさそった「君」の瞳には「僕」には見えてない広大で希望に満ちた未来が見えている。
そのビジョンが「海」の一語であらわされている。
これが詩というものですね…。
入魂のギターソロがありまして、結構好きで耳コピして弾いてたりしました。
リズムギターはプロデューサーの笹路さんが弾いてます。
アルバムの最初からこの曲までは文句なく素晴らしい流れだと思いますね。
『ハチミツ』を名盤たらしめてるものの半数以上がこの前半部にあると思います。
6. トンガリ’95
バンド名のスピッツというのはそもそもドイツ語で「尖った」という意味。
ですので、ある意味彼らのテーマ曲とも言えるのではないでしょうか。
スピッツ流のパンク、パワーポップチューン。
草野さんの歌のキーの高さとか独特の柔らかい声の質感はスピッツのとんでもない武器であり個性だとおもうんですけど、こういうロック、パンク調の曲ではやはり不利に感じます。
一枚目ではそれを逆手にとって結構上手くやっていて、こういう勢いある曲も個性的で魅力的でした(「ニノウデの世界」など)。
しかし笹路正徳プロデュースのメジャー的に整った方向性の音だとこういう音楽的にストレートなアプローチだとやっぱりボーカルが浮いてしまう感じがあります。
そういう意味では1st収録の「ニノウデの世界」のほうがバンドサウンドとして面白いし、スピッツの真価が発揮された曲だと思ってしまいます。
このアルバムで、「トンガリ’95」をニノウデのようなサウンドに寄せちゃうとアルバムとしてのトータルのバランスが崩れてしまう心配もあるので、これはこれで正解な気はしますが…。
7. あじさい通り
キーボードリフから始まる今までとはちょっと毛色の違う曲。
次作の『インディゴ地平線』にも「虹を超えて」があったようにこういうちょっと暗めのトーンの曲がアルバムの中盤のに出てくるというのは1つのパターンかもしれません。
雨ソング、雨の日ソングとしてもよく挙げられる事の多い曲。
8. ロビンソン
彼らの最大のヒットシングル曲。
多分「スピッツの代表作って何」って聞かれたら、よほどの捻くれ者でなければこれか「チェリー」なんでしょう。
けどこれが、スピッツらしい曲か、彼らの良いところを出し切った曲か、というとそうでもないと思います。
しかし当時の多くのリスナーや新しいファンはこういうスピッツを求めてたんでしょうね。
それに応えたアルバムが『フェイクファー』というアルバムだったんじゃないかと思ってます。
いろんなところで沢山流れているので、普段はなかなか聴く気にはなれないんですが、やはり聴いてみると特別な何かがある曲だと思います。
この曲が大ヒットしたっていうのも面白いですよね。
「涙がキラリ☆」でも似たようなことを言いましたが、「ああこういうことをうたってるんだな」って感覚ではスッと入ってくるんですが、いざそれを自分で言葉で説明するのは難しい。
まずタイトルの「ロビンソン」ってなんでしょう。
全く歌詞の中にロビンソンって言う言葉は出てこないし、「ロビンソン」を導き出すようなヒントもない。
けどこれは、「ロビンソン」としか名付けようのないものなんだろうな、っていう妙な説得力はありますね。
9.Y
バラード。
これは草野マサムネの歌、声質を最大限武器にした楽曲。
ほかの男性アーティストが歌ってもこのような透明感はなかなかでないでしょう。
しかし、プロデューサーの笹路さんのアレンジ、オーケストラや包み込むようなシンセサウンド、打ち込みっぽいドラムがメインになってくるのでバンドぽさ、スピッツのよさが十分に発揮された曲とは言い難く、良い曲だとは思いますが少し不満も残ります。
10. グラスホッパー
アップテンポでロック調で、コミカルなナンバー。
でもスピッツの名曲にあるマジカルな雰囲気がちょっと無いのが残念ですね。
11. 君と暮らせたら
最後の曲。
アコースティックギターを基調としたフォークロックナンバー。
スピッツはアルバムのオープニングとエンディングに持ってくる曲のセレクトが上手いですね。
「君と暮らせたら」の何がエンディングに相応しいかというと、「続いていく」っていう感覚ですかね。
恋人か、もしかしたら片想いかもしれないですけど、そんな相手とのんびりした理想的な余生を送りたいなっていう、そういう願望をもつ主人公の話。
それが、この『ハチミツ』ってアルバムが見せてくれる夢をくっくりと閉じるのではなく、日常に続いていくかのように溶け込んで終わっていく…。
そのような感じを与えてくれる終わり方だと思います。
まとめ
いかがだったでしょうか。
何回か言及しましたがプロデューサー笹路正徳とのコンビが一つの成果として結実した作品だと思います。
特に前半の名曲群の流れは、スピッツの長いキャリアの中でも最高峰ではないでしょうか。
冒頭でも言いましたが確実にスピッツの代表作ではあるのでまだ聴いたことのないファンの方に是非聴いていただきたいですね。
この後の『インディゴ地平線』ではそのバランスを保ったまま初期の頃の様なしっかりとしたバンドサウンドを聴かせてくれるので、そちらもおススメです。